オリキャラの保存ページ

そういえば公開していなかったというかお知らせしていなかったので、ここに書いておきます!

https://www.uchinokomato.me/user/show/5711

最近はこちらにイラストを出してまとめていることが多いです。
たまーにのぞいてみてくれると嬉しいな?

エピローグ

 意識が再び覚醒した時。アールキーは何もない雲の上に立っていた。景色はあの時と変わらない、小惑星帯が見えるだけの空間。そんな場所にアールキーは1人いた。
「……あれ、僕生きてるのかこれ?」
「そうとも、言うだろうね」
 誰もいないと思っていたはずの空間に、聞き慣れない男性の声が響く。アールキーの背後から聞こえたらしい声の主に驚くように彼が振り向くと、そこにははちまきを巻いた、どこか面影が誰かとそっくりな金髪の男が、アールキーのほうへと歩いてきていた。
「えっと、君は?」
「紹介が遅れたね、私はライド・コルコーン。いわば、この世界の管理人……って言い方が正しいのかな、ははっ」
 どこか気さくな雰囲気を持つその男は、苦笑しながら自己紹介をする。世界の管理人とは。そんな話はロムルスからも聞いたことがなかった。
「あの、えっと……」
「なに、かしこまることはないよ。管理人ていったって、この世界の歴史を綴る使命を背負っただけの、世界を見守る役目しか持ってないような奴だからさ」
「は、はぁ……」
 雰囲気にのまれてるのか、状況が理解できてないのか、あるいはどちらもか―――いずれにしても、アールキーの頭上には疑問符しか浮かんでいない。ただ、1つだけ聞きたいことがあるとすれば―――。
「あの、そういえばさっき、コルコーンって……」
「お、そうだよ。妹の面倒、見てくれてありがとうな」
 その言葉でアールキーは確信した。コルコーンという名で妹……それは間違いなく、ソフェル・コルコーンのことだった。
「え、でもたしか兄は最初に亡くなったって……」
「そ。私はこの世界で一番最初に命を落とした人間。でも、今はここにいる。いろいろとわけありでね」
 その世界の管理人とやらも関係しているのだろう。でなければここに彼がいる意味が分からない。アールキーは兄の存在こそ知っていたが、面と向かって話すのはこれが初めてであり、実際“生きて”いた頃に彼は既に世に存在していなかったのだ。
「そ、そうですか……で、ここはいったい……?」
「まー簡単に言えば、世界を見守る場所ってこったな。“天界”って呼ぶことにしてる」
「天界……」
「君たちが住んでた場所が天国で、その更に上にある場所。ここは管理人と、その関係者のみが立ち入りを許される場所とも言うね」
 つまり、天国よりも更に上の空間に、天界と呼ばれる場所があり、今ライドとアールキーはそこにいるという。
「え、じゃあ“死んだ”わけじゃなくて?」
「まぁ厳密に言えば“死んだ”ことにはなるだろうが、“生きて”いるとも言うな。ここははざま的な場所。本来なら、魂の在り処がなくなり体も消滅した生命は、世界の意思イシディアのもとへ戻り、そして無へと還る。そういう仕組みになってるんだ」
 属性の力が均衡に保たれることにより、この世界リクワイアは平和を保つことができる―――かつてロムルスから聞いた話が真実であることを、アールキーは驚きを隠せないという表情をした。ライドはそれに構うことなく話を続ける。
「で、本来なら君もそれに則って無に還るはず……だった」
「だった?」
 たしかにその理論で行くならば、アールキーは天国で命を落とし、イシディアのもとへ還るはずだ。しかしなぜか彼はここにいる―――その理由が何なのか分かりかねているところに、ライドはまた答えを出してくれた。
「だけど、サタンの存在。あれがある限り、リクワイアに平和が訪れるのはどれだけ先になるかなぁ……と」
「え、じゃあ……」
 イターヌルを救い、サタンを消し、そしてアールキーも消える。属性の均衡を保つために消えることとなったならば、アールキーは不本意ながらも若干それを受け入れつつあった。だが、ライドの言う“サタン”の存在。それがまだ、解決してないような雰囲気を漂わせており、アールキーは少し動揺した。
「いやいや大丈夫。君の『セイントパージ』はサタンを封印し、一時的な世界の平和を生んでくれた。封印……だと思うんだけど」
「いやなんでそこ曖昧なんだよ!」
「いやはやこれが初めてなものだからつい……ははは」
 苦笑するライドの表情にどこか訝しげな表情を向けるアールキー。だが、世界は平和になったという言葉があるあたり、自分がしたことはとりあえず無駄ではなかったのだろうなという考えになることはできた。
「ま、でもいずれまたもし……こういうことがあった時のために、君にはここで一緒に世界を見守ってもらいたいって思うのさ。ま、たぶんイシディアもそれを望んだんだろうけど……」
「イシディアって……」
「私たちの生みの親……みたいなものだ。世界の意思、だからな」
「は、はぁ……」
 なんとも言い様がない感じだったが、アールキーはとりあえずこれ以上聞かないことにした。今ライドから聞いた話だけでもかなり新しい知識が入ったのだ、情報の整理の1つでもしないとこれ以上入るといろいろと訳が分からなくなりそうだと思い、一度アールキーは言葉を区切る。
「(……じゃあ、あの時脳裏に聞こえた懐かしいような声って……)」
 情報を整理しながら、アールキーはそして思い出す。サタンの存在が現れ、自分がディエティの力を覚醒させた時。あの時アールキーは、どこか懐かしい声に世界をお願いと言われた。ひょっとしたら、あれはイシディアの声だったのかなと思うと、どこか納得がいくような感覚を覚えていた。
「ま、とりあえず『星の種』のこともあるし、じっくりと見守っていこうじゃないか」
「星の種はあれ、失敗だったんじゃ……?」
 そしてライドが呟いたことにアールキーが聞く―――彼は笑顔でアールキーに振り向いた。
「すぐに芽生えないからって失敗だーなんてことはないだろ? いつ花開くかは分からんが、それを気長に待つってのもありだと思うぞ?」
「あ、はぁ……まぁ、そ、そうですね……」
 そう苦笑しつつ、アールキーは雲の端に移動していたライドの隣に歩み寄る。そこからは天国も一応見えるらしく、こちら側が認識はできるが相手には認識ができない、といった感じなのだろう、こちらがいくら視線を投げかけても気づく様子は全く見られなかった。
「ま、ソフェルの様子もこうやって見られるし……後はま、なるようになると考えればもーまんたいさ」
「お、おう……」
 気楽なのかマイペースなのか―――どのみち彼女にはもう会えないと諦めていたアールキーだが、ここからまだ彼女の生きる姿を見守ることができるのだと思うと、彼の気持ちはどこか不安や心配な感情が薄れた気がした。
「ま、何はともあれ、これからよろしくな、初代統一の神(ディエティ)、アールキー・フライニング」
 そう言い、ライドは握手をしようと手を差し出す。これからどれほどの時間を“生きる”のかは分からないにしても―――それでも今の彼はここにいられるだけで十分だと思っていた。
「……うん、こちらこそ、よろしく。ライド・コルコーン」
 そう言い、アールキーもまた手を差し出し、握手をかわすのだった。

END

アールキー・フライニングの伝~後編~

 人々の心配そうな、そして不安そうな視線を受けつつ、アールキーはイターヌルに指示された場所へと足を運んでいた。個人的に言わせてもらえればなぜ自分がこんな目に遭わなければ―――と思うが、それは現状だと誰だって感じてしまうことだった。
「……で、ああは言ったけど」
 歩を進める最中、独り言のように声が出る。一番感情が不安定な状態なのは、親しい友人たちどころか、実の兄を亡くした経験もあるソフェル―――自分ですらこの数日間で起きた出来事が夢であればどれほど嬉しいかと思うほどに―――だが現実とは残酷なものであり、アールキーはこの現状を、目の前に突き付けられた現実を受け入れ、今こうして前に進まなければならない。自分がしっかりしなければ、彼女もきっと感情に任せてその身を滅ぼしてしまうかもしれない―――さすがにそれは誰も望んでいないし、アールキー自身まずそれを望まないだろう。それもあってか、決意した言葉を出さなければ、自身も彼女もその不安を取り除くことはできなかっただろうとも言える。しかし――――。
「どうイターヌルを救うことができるだろう。あのサタンって奴だけなんとかできれば、イターヌルを正気に戻すこととかできそうなもんだけど……」
 考えながら呟いてるため、目的地へは着々と近づいている。その間に突破口が見いだせるのかと言われれば、おそらくそれは今の彼には難しいとしか思いようがない。
 やがて考えるだけで特に何も策が見つからないまま、アールキーは目的地へと辿り着く。今では宇宙(そら)に輝く小惑星帯すら気にかからず、彼はそのまま目的地で鋭利な刃物を持って待機している、かつての友人の姿を見つけた。
「別れの挨拶は終わったかい、アールキー」
 その言葉に感情はなかった―――否、冷徹という表現のほうが正しいのだろうか。今の彼には、こうなる以前の優しげな雰囲気は存在せず、彼の思い描く未来が近いのか自信に満ち溢れたオーラを纏っている。
「なぁ、イターヌル。やっぱり戦わないとダメなのか? それ以外に方法はないのか?」
 アールキーはやはり目の前の友人と殺し合いのような戦いをすることはそれでも嫌だった。つい先日まで一緒に笑い合い、協力し合い、仲良くしてきた友人同士が、なぜ今こうして刃を向け戦わなければならないのか。今の彼には、戦う以外に彼を救う方法を見つけ出したかった。
 だが、意外にもイターヌルはその問いに肯定の言葉を紡ぐ。
「あるにはあるよ」
「ほんとか!?」
 戦う以外に平和に解決する方法。アールキーがいくら考えても出てこなかったもの。それを彼は持ち合わせている―――内容を聞きたくないわけがなかった。イターヌルは頷き、少し笑ってみせる。
「“ディエティ”の力を差し出してくれるだけでいい。そうすればアールキーは俺と戦わずに済む。望んでないんだろ? 俺と戦うことなんて」
「当たり前だろ……戦いなんてしたことないし、それに……お前となんて、余計戦いたくないに決まってる」
「なら、答えは1つだよな?」
 そう言いながらこちらへ来てくれ、というような仕草をアールキーに向ける。警戒はしたくないものの、アールキーはその仕草に従うように歩き出し、彼との距離を少しずつ縮めていく。
「でも、“ディエティ”の力って何なんだ? 神様……とかよく分かんないし、僕がそういうのだって実感はなさすぎるし……」
 聞いても答えを知ってるか分からない―――だがアールキーはその答えも知ってるのではないかと、ふとそんなことを口に出していた。だがその答えもまた、彼は持っていた。
「“ディエティ”の力は世界を司る力。聖なる力でありこの世界が危機に瀕した時現れるとされる神のことさ。まぁ、自覚がないのも仕方がない……なにせアールキー・フライニング―――貴様がこの世界での“初めて”の覚醒者なんだからな」
「初めての……覚醒者か」
「その力は世界を救う力となると同時に、世界を滅ぼす力にもなりうる。だからこそその力を欲しているのだ。それさえあれば俺は自由になれる。“サタン”がその力を欲しているんだからな」
「“サタン”……」
 初めて現れた時、人々はそれに恐怖し怯え、逃げ惑い、悲鳴をあげていた。そのサタンが、今イターヌルの中に宿り支配している。ディエティの力さえあれば、きっとイターヌルの中に宿ったサタンをどうにか切り離すなり消すなり、そういうことができるのだろう。
 そしてアールキーとイターヌルは、ほぼ面と向かう形にまで距離が縮まり、そこでアールキーの歩みは止まる。友人として隣にいた時もこのくらいの距離感だっただろうか―――そんなことを思いながら、アールキーとイターヌルはお互い目線を合わせた。
「でも、どうやってそんな力を渡せばいいのか……僕には分からないよ。ディエティとかサタンとか、今の僕にはどうでもいい……君を助けたいんだ、イターヌル。どうすればいい?」
 だが、そこまで距離が縮まっていたのが逆にアールキーにとって一番危険で、そしてイターヌル―――サタンにとってはとても都合のいい距離感となっていた。イターヌルの顔がニヤリと微笑み―――。
「……がっ!?」
 瞬間、イターヌルの片方の手が、アールキーの首を絞めていた。予想以上に強い力に、アールキーは持っていた黒光りする杖を落とし、イターヌルの腕を握る。
「い、イターヌル……何をっ……!」
「ディエティの力を抜き取れればいい……だから今から抜き取ってやろうって話だよ。ほんとに純粋で哀れなのだな、貴様は……」
「う、ぐ……!」
 イターヌルの握る手からは、少し黒光りする稲妻のようなものが走っており、アールキーはそれと同時に少しずつ自分の体から何か力が抜けていくような感覚に襲われていた。
「心配ない、すぐに終わる。そのまま全て抜き取れば命だけは救ってやるから安心していいよ」
 彼の目は笑い、しかしその言葉はどこか信用ならない風にアールキーには聞こえていた。ここまで来てようやく彼は理解したのだ。もう和解できるレベルになっていなかったこと。そして自分が今、世界を救うために必要な力を奪われ、命までもを抜かれようとしていることを。かつてロムルスが遺してくれた日記にあった言葉を、今更思い出してしまったのだ。

“ディエティとしての力が備わってる2人なら、きっと俺が絶望し闇に呑まれても、世界だけは守ってくれると思って”

 その言葉を思い出した瞬間、アールキーの、イターヌルの腕を持つ手に力が入る。念を込めるようにそこから光を出し、その光の力は彼の首を絞めていたイターヌルの腕に直撃する。
「っ!?」
 その衝撃に驚き、イターヌルは手を離す。それによってアールキーは自由を取り戻し、そして後退して距離をとりその場に少しよろめいて片膝をつきつつ咳込んだ。
「……素直に力を渡していれば死なずに済んだものを……なぜ途中で拒んだんだい?」
 意識が少し朦朧としているのか、まだ若干咳き込んだままのアールキーにイターヌルは聞く。
「こほっ……そりゃあ……使命があるからだよ」
「使命?」
 咳き込みがだいぶ落ち着くと、アールキーは落としていた杖を拾い上げながら立ち上がり、再度彼を見つめた。
「ロムルスが遺してくれた日記……あれにはもしものことが起きた時に、僕かイターヌルがこの世界を守らなきゃならないって教えてくれた……その意味をずっと理解できずに今までいたけど……」
 そう言いながらアールキーは杖を持ち、構える。
「ディエティの力が僕自身の力なら、渡すことができない。戦いはもう……避けられないんだって!」
 その言葉にふん、とイターヌルは鼻で笑った。
「自ら戦いを選ぶのか……愚かというかなんというか。その力をまともに扱ったことすらない貴様が、使いこなせると思ってるのか?」
「無論、それはそっちだって同じだろうよ……生まれて間もないサタンでも、“闇”を完全に操る力が今身についてるとはとても思えないけどな?」
 そして、その言葉が終わると同時。イターヌルの鋭利な刃物がアールキーへ迫ってくる。もうこれは平穏に話し合いで解決するものではない―――アールキーはその刃物に切り刻まれないよう適度な間合いを取るようにその攻撃をよけていく。戦闘経験がないはずのアールキーだが、それもディエティという神の力のおかげなのか、はたまた彼の中に眠っていた本来元から備えていた能力が今こうして開花しているのか―――いずれにせよ、イターヌルの振りかざす攻撃をアールキーはよけ、そのたびに距離を置きつつこの状態からの突破口を見出そうとしていた。
「(何かないのか、僕が使えるような何かが……)」
「はぁっ!」
 そしてイターヌルはそんな考えている暇も与えまいと次々と斬撃を繰り出してくる。イターヌルもまた戦闘経験がないはずだが、やはりこれもサタンの力が作用しているせいなのだろうか―――そう思いながら、アールキーがその攻撃をよけ続けている間に、ふっと突然何かが脳裏に思い浮かぶ。
「(これは……よく分からないけど、念じてさっきみたいに言ってみたらなんとかなるか?)」
「ごちゃごちゃ考えてる暇があるなら、さっさとその身を切り刻まれてくれたほうがいいんだけどな!」
 イターヌルの一撃がアールキーを襲う。さすがにかわしきれないと思ったのか、アールキーは杖でそれを防ぐ。案外頑丈なのか杖が折れるなどといったことは起こらなかったが、その代わりその一撃はかなり強かったらしく、若干アールキーは後ろに吹き飛ばされそうになりながらなんとか地面に足をつけ続けたままやや後退し、再び距離感を取る。
「いつまでそれが持つか見物だな」
 再びイターヌルはその刃物を一度軽く上下に振り、そしてそれを合図にアールキーのほうへ突っ込んでくる。だが今度はアールキーが反撃をする番だった。迫りくるイターヌルを前にその場で目を瞑り、何か念じるように杖を構え始めたのだ。
「なっ……!?」
 そしてイターヌルが驚いている間に、アールキーは目を見開き、脳裏に浮かんだ言葉を口にして杖を前に振る。
「光よ、制裁の光を! 『シャイニングスター』!」
 その言葉と同時、アールキーを中心にいつの間にか魔法陣が現れていた。その魔法陣は光を強くしたかと思うと、その光はイターヌルの体に直撃するようにダメージを与え、目の前まで迫っていた彼の体勢を崩し跪く形となった。
「お、おのれ……いつの間にそんな……!」
「サタンからイターヌルを解放すれば、イターヌルは救われるはずなんだ……だから!」
 そしてそのまま、アールキーはまた距離を置き、何かを唱えるような念じるような構えをとる。それもまた、先ほどと同じような魔法陣が描かれ、何かを出そうとしていた。
「させぬ……!」
 距離をとったとはいえ、その間はそこまで離れていない。イターヌルは攻撃を受けてもなお、再びアールキーへ斬りかかろうとする。だが――――。
「イターヌルを……救いたいんだ、頼む! 僕の力全部をかけて!!」
「なっ……!?」
 アールキーを包む光は輝きを増し、イターヌルを近づけさせない状態にまでなっていた。
「『セイントパージ』!!」
 そう叫び、アールキーが杖を地面にこつんと叩いた瞬間。杖の前に出た魔法陣から細いレーザーが放たれ、それはイターヌルの体を貫き――――そしてその姿は何かに包まれながらその場から消えていった。
「……(終わった……のか……?)」
 考える間もなかった。否、そう考えた頃には。イターヌルの姿が何かに包まれながら消えると同時、アールキーもまた、力なく仰向けに倒れこんでしまったのだった―――――。

                           *

「……ルキ……! ……キー様!」
 意識が消えたと思っていた。だが、まだその意識は覚醒できるだけの力が残っていた。誰かに声をかけられている。それを認識できる程度には。
「アールキー様!!」
 その意識がはっきりした時、その声はいつも自分と一緒にいてくれた少女のものであると分かった。仰向けに倒れたアールキーが残りの力を振り絞るように首を動かすと、そこに涙目で自分を見つめてくる少女の顔がうつりこんだ。
「ソ……フェル……?」
「アールキー様、しっかりしてください!」
 今この時代に医者は存在しない。仮に医者がいたとしても、それは住人たちで知恵を出し合って対処法を見つけ出す方法か、ロムルスに頼ることくらいしかない。だがロムルスは既におらず、住人たちも今は恐怖でこの場所へ来ることはできないだろう―――彼女の今にも泣きだしそうな声が、アールキーの耳に届いてくる。
「大丈夫……イターヌルを救えたか……分からないけど……負けなかったよ……」
 今のアールキーの声は、か弱く、そしてか細かった。今にも消えてしまいそうな声を、彼は出していること自体自覚できていない。ソフェルは戦いを見ていたのか見ていなかったのか、いずれにしても今彼が目の前からいなくなるような恐怖を覚え、そしてこうしてアールキーのそばにいるのは間違いなかった。
「アールキー様待ってて、すぐに休ませて……」
 そう言いながらソフェルは立ち上がり、住人たちのいる場所へ向かおうとアールキーを一瞥してから行こうとしたのだろう。だが彼女がその時見たのは、ロムルスが死んだ時と“同じ”現象だった。その現象を目の前で見たソフェルは言葉を失い、その場で固まってしまった。それがアールキーには不思議だったのだろう、自分に何かあるのかと思うように右手を自分の視界に入れ、ひらひらとしてみる。特に何かあるわけではないのでは? と思ったのだが、その手を見ていると次第にそこから光の粒が上空に向かっていくようなものが見え始め、アールキーはそれでやっと自分に何が起こっているのかを理解した。
「……ははっ、そっか……」
 ロムルスが死んだ時―――体は光の粒となって消えていったとソフェルから前に聞いた。それはすなわち、その人の“死”を意味していた。そして、そんな彼と同じことが今、アールキーの身には起きているのだ。精神や魂がまだ意識として残っていても、体はもうとっくの昔にこの世に留める力を残してはいなかったのだ。
「なんで……なんで!! アールキー様までいっちゃうの? ねえ……アールキー様!!」
 少しずつ透明に、光の粒となっていくアールキーに寄り添うようにソフェルは彼の名を連呼する。だがいくら連呼したところで彼の消え行く姿が止まることはない―――アールキーは半透明になった右手を優しくソフェルの頭に乗せた。
「……ごめんな、1人にさせてしまって……でも、もうダメみたいだ……」
「……っ!」
 ソフェルの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。アールキーは、笑っていた。
「……大丈夫だよ、ソフェルならちゃんと生きていける」
 それにソフェルは首を横に振った。
「無理ですよ……アールキー様がいなくなったら、私……!」
「ソフェル」
「っ!」
 アールキーの声に、ソフェルは気づけば俯いていた顔が上がり、アールキーを見つめる。
「……できたら、笑ってお別れしたい。僕たちはもうここにはいられないかもだけどさ………できたら、ソフェルは僕たちの分まで生きてほしい。なんだかんだ、僕は世界の危機を救えた……それで僕は十分だったんだよきっと」
「アールキー様……!」
 そして姿はもうほとんど見えなくなってきていた。声も遠いように感じてしまう。
「やだっ……私を置いていかないでっ……!」
 涙声で、ソフェルは訴えた―――アールキーは、一言だけ告げた。
「大丈夫……いつも傍に……僕は……」
「アールキー様!!」
 そう言った時。彼の姿はもうそこにはなかった。ソフェルはそこにいた、ずっと募ってきた存在を、今目の前で失ったことに深い悲しみを持ってその場に座り込んでいた。だが、もうそこにその存在はいない。おそらく二度と会うことはできないのかもしれない。そう思うと、彼女から流れる涙は止まらなかった。
「………」
 俯き、涙は止まらなかった。しかし、同時に彼女は宇宙(そら)を見上げた。その時まるで、タイミングを見計らうかのように流れ星が彼女の視線に入る。それはまるで、アールキーの死を無駄にしないでほしいと言うような、そんな想いが込められていたかのように。
 そしてソフェルは、何かが分かったような気がした。死とは必ず誰もが訪れることになるものであって、それが早いか遅いかということ―――。実の兄を失い、今はいたはずの幼馴染や友人たちも失ってしまった。でもそれは今でも彼女の中で思い出として“生きて”いるのだ。自分の中で気持ちを整理しているうち涙は止まっていたが、悲しみを拭い去るにはまだまだ時間がかかるのはなんとなく分かっていた。
「………アールキー様」
 そう言い俯きながら立ち上がり、再び宇宙(そら)を見た。今ではその小惑星帯が、自分を慰めてくれているかのようにすら感じてしまう。
「……私、あなたの分まで頑張って生きてみます。だから……見守っててください」
 そうは言ったが、実際ちゃんとこのまま生きていけるのか、彼女自身分からなかった。しかし、それでもまだ、彼女は死ぬという選択肢だけは選びたくないなと、それだけは不思議と思うことができ、そしてそのまま住人たちのもとへと歩き出すのだった。

アールキー・フライニングの伝~中編~

 真っ白な空間の中で、アールキーはふと誰かの声を聞いた。本人の記憶には全く残っていない、しかしどこか懐かしいような―――温かい声。

“ディエティの加護を――――世界を………お願い――――”

 そんな声が、アールキーの脳内に直接響くように聞こえた。その声が誰のものなのか分からない。そもそもアールキーに親という存在はなく、これまでの自分の過去について特に疑問を持つことなく“今”を生きてきたからだ。だが、この声はそのアールキーが今まで一切気にしてこなかった“過去”の小さな頃の自分のことを気にさせるような―――。アールキーはその声に脳内で何か言葉を返そうとしたが、その返事を言う前に、彼の意識は暗転した。

                   *

「アールキー様!」
 少女の声で、アールキーの意識が戻る。彼がいたのはいつも寝る時に使う寝床だった。仰向けに寝ていたようで、目を覚ますと見慣れた天井が彼の視覚に映る。
「僕は……いったい……?」
 そう言いながらアールキーは自分が意識ある間に何があったのかを軽く整理する―――そう、ロムルスが『星の種』をまいて、自分たちの住処を天国だけじゃなく、新しい新天地を作ろうと決め、自分たちはその大きなイベントに参加した。そして結果は―――さんざんだ。それから何かが変わり、ロムルスは倒れ、イターヌルは自分を庇い―――。
「……っ!」
 そこまで思い出し、アールキーの仰向けだった体が飛び起きる。そしてずっと目を覚ますのを待っていたのか、彼のそばにはずっと座って安否を心配していた少女がアールキーを見つめていた。
「ソフェル……大丈夫だったのか? 怪我は?」
 ソフェルはアールキーの意識がなくなる寸前、突如として性格が豹変してしまったイターヌルによって吹き飛ばされ、気絶していた。見た目から外傷はなさそうではあるが、やはり少し心配になる。
「大丈夫です、このくらいへでもないですよっ」
 そう言いながら苦笑いしつつ、自分が大丈夫であることをアピールする。だがその表情にはどこか辛いと思う気持ちが見え隠れしており、アールキーがその心理に気づかないわけがなかった。
「……辛いなら言わないと。な?」
 優しく諭すように言う。それが彼女の空元気を失わせたのか、さっきまで大丈夫とアピールしていた彼女は笑顔をなくし、俯いた。
「……ロムルスお兄ちゃん、死んじゃったっ……」
 ロムルスの体から出た黒い煙がイターヌルへ移り、アールキーから出た真っ白な空間が周囲を包んだ後。一部の人々がその様子に驚きつつ、ソフェルをまず介抱したという。しばらくしてロムルスは光の粒となって消滅し、その後にアールキーがふわりと優しく天国の地に気絶して倒れているのが目撃され、運び込まれたとソフェルは話してくれた。
「イターヌルは……?」
 そして、アールキーを庇い、その結果彼の性格が豹変してしまったイターヌル。彼の安否もまた気になっていたが、ソフェルは首を横に振った。
「分からないんです……真っ白な光が一時的に一部の空間を包んだ後、イターヌルさんの所在が分からなくなって……どこにいるか分からないんです」
 そしてそこで耐え切れなくなったのか、ソフェルの赤い瞳から涙が零れ落ちてくる。この実験、イベントがなければ、またアールキーたちは仲良く1日、また1日と平和な毎日を過ごしていたはずなのだ―――否、あるいはこうなることは既に決められた運命だったのだろうか。やがて彼女は嗚咽をあげ始める。
「……大丈夫ソフェル。ロムルスは……もういないかもしれない。でもイターヌルならまだ助けられるかもしれない。まだ死んだって決まってないんだからさ……?」
「そうっ……だけど……っ……ひっく……」
 やがて涙がぽろぽろと零れながら、ソフェルはそれを必死に手でぬぐおうとする。だがいくらそうしたところで、彼女から溢れ出てくる涙は止まらなかった。アールキーは静かにソフェルの頭に片手を置き、優しく撫でた。アールキーもまた辛いのは同じだったが、泣くわけにもいかなかった。唐突に起きた友人の不幸を自分まで泣き悲しんだところで、何かが変わるとも思えないからだ。
「……辛いな、ほんと」
 どうしてこうなってしまったんだろう。ただその言葉だけが、何度も何度も彼の脳内を復唱し、ぐるぐるとまわっていた。何か策はなかったのか、どうして友人の悩みに気づけなかったのか。どうしてこういう状況が生まれてしまったのか。いくら考えても見つかりそうにない答えを、アールキーはソフェルの頭を静かに優しく撫でながら考えていた。ソフェルも彼の優しい手を受けながらしばらく嗚咽をあげていたが、時間と共に2人とも落ち着いてくると、とりあえずとお互いに顔を見合わせた。
「ありがとうございます、アールキー様」
 そうは言うが、まだ彼女の声は若干涙声だ。アールキーは優しくその言葉に微笑みつつ、次にこの状況ができた後人々はどうしたのか、自分たちがやらなければならないことを考えようとその場から立ち上がる。
「とりあえず、外に出てみよう。他の人からあの後どうなったのか、もう少し詳しい話を聞かないと」
「そうですね……」
 そして寝床を後にし、人々の話を聞く。アールキーはあれから2日ほど眠っていたようで、しかしその間特に何かあったわけでもなかったようだった。だが恐怖を植え付けられた人々は、あまり積極的に外に出ようとはしていなかった。かろうじて外に出ていた人々から話を聞き、今のところ天国はまだ安全を保てているということだけを確認すると、2人は宇宙空間を見上げた。
「……相変わらず何もないんだな」
 何もない、小惑星帯が光り輝く世界だけが広がる空間。『星の種』をばらまいたが、それが芽生えたような気配は全くなかった。本当にこの実験が失敗だったのか―――アールキーはその結論が出せないまま、宇宙(そら)を見つめていた。
「アールキー様……」
「……ん?」
 そんな時、ふとソフェルがアールキーに声をかける。
「ロムルスお兄ちゃんのいた建物、どうなるのかな。あのままなのかな……」
 そう言いながらソフェルは、ここから少し見えるロムルスの研究所を見つめた。今は人の気配が全くせず、主を失った小さな館のようになっていた―――が、そこでアールキーは何かを閃いたように少しだけ顔に覇気が戻る。
「……そうだ、何かロムルスに関することで調べてみよう。何か分かるかもしれない」
 そう言って歩き出すアールキーの後を、ソフェルもついていく。今やれることをやる―――今2人がここで生きる目的を作るには、それしかなかった。2人はそのまま無人となった建物の中へと入り、ドアを開ける。無人となった建物の中はたくさんの機械の光がその部屋を照らしているだけで、中心にある机も光が寂しく照らされていた。だが普段から静かな部屋ということもあり、まるでそこにまた実は「ドッキリだったんだよ!」と言いながら机の下からロムルスが出てきそうな雰囲気すらあった。むしろ2人はそっちのほうがまだ、悲しみから逃れることもできたのかもしれない―――しかしロムルスはそんな性格の持ち主ではない真面目な人間であり、そんなことをするような男ではなかった。単純にそれは2人の願望でしかなく、現実は非情なものだ。
 何か手がかりとなるものがないか、2人はそこで少し機械を見たり机の上や引き出しを見るなりして探し始める。無言で探す2人ははじめはその手がかりすら見つけられないのではないかと不安さえ覚えたわけだが、そう思うか思わないかというタイミングで、アールキーはふと、奥にある勉強机の上に1冊の本があることに気づく。
「……ん、これは」
 その本を手に取り、ぱらっと1枚めくってみる。そこにあったのは―――。
「ロムルスの日記……? いや、研究の本かな……?」
 ところどころ研究を行った結果を記したメモが書いてあるあたり、ロムルスがいつもここに座り、執筆していたものなのだろう。数日前にロムルスに呼び出され、その時に彼が書いていたのもこの本だったのだと、今では推測ができた。そして、その中にいくつか、今回の件に絡みそうな文章がいくつか目に留まる。

~桜の三日月より~
 今日、やっと種が完成した。とても嬉しかったが、ひとつ問題があった。まだ種族間の間で溝ができているのだ。仲が悪いわけではないのだろうが、もしこの実験を宣言した時に彼らは動いてくれるのだろうか。不安ばかりが続く。
 あと、これはメモとして残しておこうと思う。調べているうち分かったことがある。属性の力について前記したことがあると思うが、このバランスが崩れるとどうやらこの世界は平穏を保てなくなる仕組みがあるらしい。誰がどうしてこんな仕組みにしてしまったのかは知らないし、むしろこの世界自体がそういう仕組みとして完成して世界が生まれたのかもしれないし、それは俺が知るところじゃない。
 とりあえず詳しいことは次の日にでも書き記しておくことにしよう。今日は疲れた。

 おそらく種を完成させた時の日記がこれなのだろう。その次のページに入ると、もう少し詳しい内容のメモが記されていた。

~桜のよんより~
 属性のことをもう少し詳しく調べてみた。そこで今俺が最も危惧するべきだと思うのは、マイナスのエネルギーを持つ属性だ。『闇』と呼ばれる属性なんだが、どうやらこれは人々の負の力に作用しやすい特性があるらしい。その人の生命力や精神力が強ければ大したことはないんだろうが、それらが共に弱い奴らは注意したほうがいいかもしれない。属性の力を持って俺たちはこの地に降り立ったが、それらの属性をまとめて自分のものにしちゃえと思えば、それもできなくはない危険な属性なんだ。闇は黒くおぞましいイメージを俺は考える。逆に光はその反対で温かく、希望を見せてくれる。そう考えると聖と闇は対の存在だ。そして、俺はそれに気づいてからある可能性を見出した。とりあえず今日はここまでにしておいて、明日ソフェルやアールキーたちを呼んで『星の種』の話でもしてみようか。

「(このあたりが、僕たちを呼び出すきっかけになったのかな……?)」
 そう思いながら次のページをめくる。

~桜の星より~
 今日はイターヌルも研究室に来てくれたし、みんなに『星の種』の話をすることができた。アールキーたちはすごいよな。みんなで協力してはいるがみんなをまとめ上げてこの実験を成功させようとしてくれるんだから。たぶん俺じゃ反発くらって無理だったろうな。
 だけどこれで分かった。たぶんアールキーは、全てを統括する能力を持ち合わせてるんだ。人間だから従わないとか言ってる奴らもいるはずなのに、アールキーの話はきちんと聞く奴ってのも中にはいたはずだしな。
 あと、それで俺は1つの大きなイベントとしてこの実験を明日行うことになるが……もし仮に失敗したら、きっと世界は波乱の幕開けを迎えると俺は思う。これが成功すれば、俺たちはもっとこの世界のいろんな可能性を見出すことができると俺は思うんだ。でもそれが成功しなかったら、俺たちはこの天国でずっと過ごすことになるだろうし、新たな可能性だって見出すことができなくなるかもしれない。そうなった時俺はきっと絶望を味わう。絶望がマイナスの感情を生んだ時何が起こるか分からない。だが俺は、自分の身に何か不自然な変化が起きているような気がするんだ。
 研究者として独り身だからかもしれないが、嫉妬なのか? 分からない。でも、もしもが起きた時用に、ここには記しておかないといけないんだろうな……

 そして、その次のページには今までよりも少ない文章で、こう書かれていた。

~桜の流れより~
 時は来た。もし失敗したら、アールキー、イターヌル。お前たちに託すよ。ソフェルのことを、みんなを守ってほしい。ディエティとしての力が備わってる2人なら、きっと俺が絶望し闇に呑まれても、世界だけは守ってくれると思って。
 さて、そろそろ時間みたいだし行くとしようか。実験が成功することを祈りつつ、今日の成果はこの後続きを書けたらいいな。

 日記はここで止まっていた。おそらく実験が成功し、人々がロムルスを賞賛する背景があれば、この後もおそらく日記は綴られ続けたのだろう。だが実験は今のところ失敗と言っていい結果になっており、実際にロムルスは自己暗示の通りにその身を滅ぼしてしまった。

「(闇……? あの黒い煙はサタンって名乗ってたけど、あれが闇の塊って解釈でいいのか……?)」
 人々の負の感情から生まれ、恐怖を植え付けたサタンという黒い煙。託すという言葉、そしてディエティという言葉。それはあのサタンからも発せられていた。
「アールキー様……?」
 ソフェルも少し前からアールキーの読む本に興味を持ち、必死に読む彼を見つめつつ静かに見守っていた。アールキーはそれに気づき、本から彼女へ視線をうつす。
「ごめん、つい……」
「何か分かったんですか?」
 アールキーはその問いに頷きながらソフェルにその読んでいた本を渡す。その本がロムルスの綴ったものであることが分かり、ソフェルも少しの間黙ってその文章を黙読していたが、最後のほうで読み終わると、ソフェルはまた辛そうな表情をしてアールキーにその本を返した。
「いろいろ分かってたのかな、ロムルスお兄ちゃん……」
「分からないけど……でもディエティって単語、なんだろう? なんで僕たちに託すって書いてあったんだろう……」
 そう考えていると、本の隙間から1枚、ぺらりと何か紙が舞い落ちる。ソフェルが「あ」と言いながらそれに気づきその紙をキャッチすると、その紙を見つめた。そこにも何か書かれていたのか、少し黙読した後、ソフェルは少し不思議そうな面持ちでアールキーにその紙を差し出す。
「アールキー様、これが今落ちたんですけど……」
「ん?」
 そしてその紙を受け取る。そこにはまた違うことが書かれていた。

~予測・推測~
 あくまでこれは仮定の話だが、咄嗟に閃いたことだから忘れないうちに紙に書いておこうと思う。
 属性の力が均衡を保てなくなった時、人々の中からそれを均衡に保つために必要な、所謂神様みたいな存在が生まれ落ちることがある。これを俺はディエティと呼ぶことにしたい。ディエティは世界に危機が訪れた時の世界の運命を握る鍵になる。そのディエティの特徴は、複数の属性の力を持っていることが第一条件にあるらしい。稀にそういう存在が生まれ落ちる可能性があるらしいが、その該当者と言えば今のところイターヌルとアールキーしかいない。ひょっとしたらあの2人はディエティとしての素質があって、世界を救う力があるのかもしれない。
 以上推測論文として、後日また気が向いた時にでもノートに書き記す作業をしておこう。

「……神様って」
 その紙は、おそらく近くに本がなくて今すぐにでも書いておきたい時に書いたものなのだろう。そしてそこに記されたものはかなり衝撃的な内容でもあった。
「アールキー様、神様だったんですか……?」
「いや、僕そんな自覚全くないんだけど……」
 そう言いながらアールキーはふと、イターヌルに命を狙われた時のセリフを思い出す。「我の器になれアールキー。貴様のその“ディエティ”の力で、世界を我が物にしてくれる」と。おそらくサタンは存在として確立した時、その対となる存在がアールキーであることが分かったのだろう。そしてアールキーの体を乗っ取ってしまえば、何も知らない彼をそのまま自分のものにすることができる―――そう考えたのだ。しかしそこで邪魔が入り、その器として乗っ取られたのはイターヌル―――彼もまた、「“ディエティ”としての素質があった」とサタンが発言していた。この論文めいた文章を書いたのはロムルスであり、彼からサタンは生まれてしまったが、おそらくこの内容は真実なのだろう。
 そしてアールキーを殺すために、まずソフェルを波動で吹き飛ばした。彼はあの時右手に黒く鋭利な刃物を握っていた。一般に剣と呼ぶものだが、この時代に剣なんてものは存在していないので、彼らがその名を知ることはないのだが―――。
 ふとアールキーはなんとなく空いていた右手を見つめ、そこから何か丸っこいものを出すような感じに念じてみる―――そしてそこから出てきたのは、丸く温かな光。微かに輝く、闇とは正反対の落ち着く光の玉だった。
「これは……」
 ソフェルが少し驚いている間にも、アールキーはそれに何か形を想像するようにその光をぎゅっと握り――――何かの感触があると感じた瞬間、思いっきりその右手を振り下ろした。そこでアールキーが右手に握っていたのは、全体的に黒く染まってはいるものの、どこか神聖な感じを受ける棒のようなものだった。
「(こんな力……あったんだ)」
 特にそこまで感慨耽ることもなく、そんなことを思いながらその棒を見つめる。ソフェルには何が起こったのか全く理解ができていないようだったが、とにかくアールキーには何かすごい力があるのだろうということだけは感じ取ることができたようだった。
「あ、アールキー様……?」
「うん、ソフェル。まだ希望はあるよ」
 そしてアールキーは、ソフェルに先ほどよりも少し明るい表情で声をかける。
「このディエティの力……イターヌルもロムルスも、救うことができるかもしれない。ちょっと外に出よう。僕にできること、あるんだ」
 自分に秘められた力があるということ。それが絶望から希望へ、悲しみから喜びへ変わろうとしている瞬間だった。ソフェルはその言葉の意味を理解するのが難しかったようだが、とにかく2人を助けることができるかもしれない――――その言葉だけが、彼女の笑顔を取り戻した。
「ほんとですか……!」
「ああ、だからいこう、ソフェル」
 そしてずっと持っていた紙を本にはさんで机の上に置き、その左手をソフェルに差し出す。彼女はゆっくりと、その手を取った。
「はい……私、できることがあったら手伝います。だから……」
「ああ、まだ希望は潰えちゃいないんだ。頑張ろう」
 そう言い、2人は外へと出た。

                         *

 不思議な棒を持ち、ソフェルの手を持ったままアールキーは建物の外へと出る。建物の中に入る前よりも今のほうが、どこか希望を抱えることができた2人の表情は、若干明るさを取り戻していた。そんな2人が手を離し、宇宙(そら)を眺めていた時――――。
「きゃぁぁぁぁぁあ!」
「「!?」」
 近くで人々の叫び声が聞こえる。そしてアールキーはその叫び声が聞こえる場所の先にある気配を感じ取ることができたようで、その騒動の原因をすぐに把握することができた。
「アールキー様……!」
 2人は顔を見合わせ頷き、その場から走り出した。

                         *

 外にたまたま出ていた人々は、再び現れた“それ”から逃げるようにあちこち逃げ回っていた。その逃げ回る人々の何人かは背後からの攻撃で倒れ、動かなくなる者も少なくなく―――そしてその中心では、1人の男が楽しそうに、狂気の笑みを浮かべながら人々を攻撃していた。
「イターヌル!!」
 そこへ彼に声をかける者がいる。彼―――イターヌルはその声を聞き、待っていたと言うようにその声のしたほうを振り向いた。
「待っていたよ、アールキー」
「どうしてこんなこと……」
 アールキーとソフェル。2人が見たのはイターヌルによって攻撃され倒れた人々の姿だ。イターヌルは何の問題があるのだろう? というような表情で2人を見ている。
「世界を闇に染め上げ、リクワイアを我がものにするための行動の1つに過ぎないんだ、分かってるだろ?」
「イターヌル、目を覚ますんだ。サタンの気に触れちゃいけない!」
「サタンは俺自身だ。それ以上もそれ以下もない。それに、今となってはアールキー……お前と決着をつけない限りは、そこの小娘だって命が危ないんだからな?」
 その言葉でソフェルに顔が向き、彼女が空気で圧倒されたところに波動が再び打ち込まれる――――が、さすがに今回はアールキーが目の前で庇い、その波動はアールキーに当たり、吹き飛ばされることになった。
「がはっ……!」
「アールキー様!」
 そしてイターヌルはふと、吹き飛ばされて立ち上がろうとしているアールキーが右手に何かを持っていることに気づく。なるほど、と思ったのだろう、攻撃の手を止め、彼に言い放った。
「アールキー・フライニング。ディエティとして覚醒したならば、研究所の裏にある広い地で1対1の決着をつけよう。まぁ、その様子だと、そのまま負けて器になることを覚悟しておいたほうがいいかもしれないけどな、ククク……」
 そう言いながら、イターヌルは人々の前で黒い空間を作り出し、その中に入って姿を消した。姿が消えると同時に空間も消え、その場の空気は再び静かで穏やかなものとなる。するとそれを敏感に感じ取った人々が避難していた家から外へ、そして倒れた人々を介抱しようと動き出した。
「………」
 アールキーはその様子を静かに見つめていた。ソフェルは片足を地につけて呼吸を整えているアールキーのそばに歩み寄る。
「アールキー様……」
「……ごめんなソフェル。でも、守れてよかった」
「……行くんですか? やっぱり」
 その言葉に、アールキーが苦笑する。
「まぁ、行かないとね」
「でも、負けたらどうするんですか?! だって、だって……」
 救う方法があるかもしれない。そう思っていたのに。現実は救うどころか、殺し合い同然のような状態だ。アールキーはともかく、サタンに乗っ取られたイターヌルは、彼を殺す気なのは間違いない。
「ソフェル」
 アールキーが真剣な眼差しでソフェルを見つめる。その表情が、彼女の不安な心を少しだけ落ち着かせ、話を聞く余裕を生む。
「僕、この力があったことに驚いたけどさ……でも、この力があれば、ソフェルだけじゃなくてみんなを守れるかもしれないんだ。僕の力……神魔法でね」
「神……魔法?」
 その言葉にアールキーが頷く。
「あ、まぁ唐突に頭の中で思いついちゃったから、あんまりうん、気にすんな! まぁただディエティの力……で未知の力って言ったら、なんかそのくらいしか思いつかなくてな」
 あはは、と笑いながら立ち上がる。少し落ち着いたのだろう。
「ほんとに……大丈夫なんですよね?」
 ソフェルは心配そうに彼を見つめる。だがいくら彼女が心配したところで、彼が今決めた決断を揺るがすことはない―――彼女のほうに振り向き、アールキーは頷いた。
「大丈夫。世界とか言われてもピンとこないけど、少なくともここに生きてる人たちを守るために、僕はイターヌルと戦って、どっちも救い出すよ。僕が今できることはそれだけだ」
 その表情は、決意に満ちた立派な少年と言うにふさわしいものとなっていた。自分の身近な人を助けるための力が自分にあるなら、それを使ってその人たちを助け出す――――誰しもが持ちそうな、口では簡単に言えるも行動として出すに難しいことを、彼は言った。しかし、この言葉は根拠のない妄想ではなく、ちゃんとそれを実行しえるための自信があるからこそ言えることなのだろうと、ソフェルは思うことができた。不思議とその言葉が不安を少しだけ和らげ、彼の決意を信じる力になる。
「……分かりました。アールキー様……私、待ってますから。だから……負けないで」
「もちろん。勝って、みんなを救う。約束するさ」
 そう言い、アールキーは来た道を戻るように、研究所のほうへと足を運ぶ。途中アールキーはソフェルに振り向き、親指を突き立て、大丈夫!と再度安心させるようにジェスチャーすると、彼は再び振り返ることもなく、イターヌルの待つ決戦の場へと歩いていくのだった。

続く

アールキー・フライニングの伝~前編~

リクワイアの神々~外伝~

アールキー・フライニングの伝~前編~

 ―――世界リクワイア。この世界の誕生は、どこかにあるどこかの世界と同じビッグバンによって生まれた。とある銀河系の1つにその産声をあげたこの世界は、誕生して世界に生命が生まれるまでは少しの年月を要することになった。この間の生命が何も存在していない時代を、私たちはノバディールワールドと呼んでいる。
 やがてこの世界に1つの生命が誕生する。その名を私―――否、私たちは世界に生まれた意思という意味を込め、“イシディア”という名を後に名付けることとなる。世界の意思であるイシディアはこのノバディールワールドの期間を記憶として所持しており、イシディアはやがて世界リクワイアを活気づけるため、自分以外の生命を生んだ。
 その1人が、アールキー・フライニングという少年だ。そしてこれを綴る私―――ライド・コルコーンもまた、イシディアによって生を受けた者と言って過言ではないだろう。
 後にそして、私たちと、世界の意思イシディアは気づくことになった。私たちを生んだことによって発覚した、この世界の仕組み―――そしてその情報は真っ先に私に伝えられた。おそらく私が、イシディアと意思疎通ができる唯一の人間だからなのだろう。他の者は、そのイシディアの存在を知ってはいても、その姿を見たことはないという―――私を除いて。
 かく言う私も目の前で見たというよりは、眠っている間に夢のような形で出会ったというのが正しい。彼女、と言うべきなのだろう―――私が、リクワイアにこれから刻まれる歴史の第一歩を綴り、記録として残していく重要な役割を担うことになるという話を聞かされることになった。正直最初はピンとこなかった……いや、くるわけがなかった。だが、これから綴る話で私はそういう役を担うことになることを理解した。
 これから綴るのは、このリクワイアの世界が誕生し、生命が宿り、そしてその対価によって生まれた、長きに渡って語られることとなる、“光と闇の戦い”の幕開けとなる物語である。

                     *

 リクワイアに生命が誕生してまだ10数年――――生命が誕生といっても、まだこの世界は生まれたばかりで小惑星帯が光り輝くだけの世界だった。宇宙といえば私たちが個体を維持するにはとても難しい場所という認識があるだろう――――が、このリクワイアには世界の意思イシディアが、この世界の仕組みを理解したことによって生んだ空間―――通称天国と呼ばれる場所を作り、イシディアのもとを離れた生命はそこに住み生きることとが可能となっていた。私たちが物心ついた時、宇宙を見渡せる雲の上に気が付けば立っていたという記憶は、この時代の生命共通の記憶と言っても過言ではない。それもそうだ、物心つくまで私たちは、イシディアの中で生きるために必要なものを与えてもらい続けていたのだから――――だが、その物心つく前の記憶を持つ者は、そうそう多くはないとも言える。とある別の世界の生命が、誕生して物心つくまでの記憶を時間と共に忘れていく原理と、そこは何ら変わり映えはしない。
 やがてこの世界には種族が生まれた。力も牙もない代わりに、知性を持ち奇跡を呼び起こすことのできる『人間』。魔力と知性を兼ね備えた、様々な姿をした『妖精』。独自の言葉と牙を持つ『動物』。地に留まることなく、己の力で生きる術を持つ『植物』。人間から造られ、自らの意志で行動できる能力を持つ『機械』。そして、世界の歴史と世界の意思に最も近しく、世界における重要な役目を担うと言われる『天使』。大きく分けると種族は6種となり、この世界は基本的にこの6種から成り立つと言われることとなった―――だがこの6種がこの当時からいたかと言うとそうでもなく、天使においては存在が噂される程度だったのが最初のリクワイアの歴史の1ページ目だろう。
 そんな天国―――宇宙の中にポツンと小さく存在する雲の上の空間は、その生命の数を少しずつ増やしながらも、まだ賑やかさを見ることはできない。人間たちは他の種族である妖精、動物、植物、機械の代表となり、自分たちが生きる上で必要になるものは何かを学び、そして彼らはその知識を礎に、常に新しい何かを探し、研究しながら毎日を過ごしていた。
「アールキーさまー!」
 雲の上、私たちで言うところの外―――そこにいる1人の少年の名を、1人の少女が呼ぶ。アールキーと呼ばれた、茶髪ショートヘアの少年は見た目がどこか弱弱しそうな姿をしているものの、全体的に軽装で動きやすさは感じることができる。そんな少年が少女の声のほうに顔を向けると、その少女は何かを言いたそうな目をしながらこちらへ近づいてきていた。
「ソフェル? どうしたの?」
 外で見ることのできる、光り輝く宇宙空間はいつ見ても綺麗なものだ―――だがそれも数年経てば、昼も夜も分からないこの空間では既に時計があり、生命は皆その時計を目安に1日を過ごしている。だがアールキーにとってはこの光り輝く宇宙空間は、なぜかいつ見ても飽きることがなかった。だからこそ、特に何をするわけでもなく、棒立ちも同然のような状態で、目の前に広がる綺麗な空間を見ていたのだろうが。
「また宇宙を見てたんですか?」
 ソフェルと呼ばれた少女は、金髪三つ編みおさげツインテールの少女だ。アールキーと同じく動きやすさを重視した―――しかし若干女の子らしさをポイントにつけた、少し古めかしいミニスカートをつけている。彼女自身いつからかアールキーを様付けで呼ぶようになり、彼を慕い、いつも彼を気にかけていた。その真意が何なのかは、本人はまだ無自覚のようだが。
「まぁね。なんか……見飽きないってのもあるんだろうけど」
 そう言いつつ、アールキーはまた広いその宇宙に視線を戻す。いつ見てもその輝きを失うことのないこの世界は、誕生したばかりとはいえ美しいと言えるものであるのは間違いないだろう。
「ほんと、よく飽きませんよね……私はもう飽きてますよ」
 若干呆れた感じで、ソフェルは呟きつつアールキーの隣に立ち、同じようにその宇宙を眺めた。キラッと光り続ける小惑星帯は、まさに星屑のようだ。
「あ、そうだ。アールキー様」
「ん?」
 なんだかんだ見惚れていたソフェルだが、何かを思い出したように視線を再度アールキーへ向ける。その声で2人の視線が合った。
「あの、ロムルスお兄ちゃんが呼んでたの。アールキーを呼んできてほしいって」
「ロムルスが?」
 ロムルス・ミラキル。アールキーとソフェルの共通の友人であり、今の天国における研究者のようなことをやっている少年の名だ。天国に生まれ落ちてからロムルスは日々研究に励み、この世界の仕組みと新たな発見をしようといつも建物の中に引きこもっているような男なのだが、なんだかんだ彼のおかげで分かったこともあるため、その名は誰もが知っている。その熱意は、たまに食事を忘れて研究に没頭することもあるほどだ。もちろんそういう時は、アールキーやソフェルが食事を持っていくこともあるのだが。それほどまでに研究に没頭するロムルスが珍しく呼び出しをするとは、一体何があったというのだろうか。
「ちょっと行ってみるか……」
 その呼び出しの謎と若干の好奇心は、アールキーの足を動かすことになった。ソフェルもまた彼の後を追うようにその場から歩き出し、ロムルスのいる建物の中へと向かった。

                      *

 彼がいる建物は、他の生命が寝て起きて暮らす家と比べると2倍近くの大きさがあった。おそらく研究所と言うにふさわしい建物なのだろう。2階部分はなく平坦で、1階がかなり広いスペースを陣取っているという感じだ。
 アールキーとソフェルはその建物の中へ入るために扉を開ける。扉の先にあったのは、多数の何に使うのか分からない多くの精密機器ばかりが散らかる部屋だ。一応その部屋の中心にはそれなりの大きさの机と、奥には寝るためのベッドもある。そしてそのベッドの近くにある勉強机のような場所に、アールキーよりもぼさぼさしたショートヘアの少年が、椅子に座って何かを綴っているのかひたすらそこでカリカリと筆を執っている。
「あ、アールキー」
 そしてその隣にはもう1人少年が立っており、アールキーとソフェルの姿を確認すると声をかけてくれた。彼は肩あたりまである黒髪の少年で、外見からも優しい雰囲気が手に取るように分かる。そんな彼の声に気づくように、ぼさぼさのショートヘアの少年もまた、椅子に座ったまま2人の姿が見えるように体を動かして視線を送る。
「ソフェル、ありがとう」
 ロムルスの言葉に、ソフェルは無言で照れながら首を横に振る。そして彼の視線はアールキーへとうつる。
「呼び出してごめんな、アールキー」
「それはいいけど、どうかしたのか? イターヌルも一緒だなんて」
 優しい雰囲気をまとった少年―――イターヌル・ブライペルー。彼もまた、アールキー、ソフェル、ロムルスの3人の共通の友人だ。彼もたびたびロムルスの様子が気になって心配してこの部屋へ訪れることがあるようで、今回もおそらく同じような理由でいるのだろうと思うことができる。
「そんな大したことじゃない……わけじゃないんだがさ、ちょっと現状を先に友人である君たちに教えておきたくてね」
「現状?」
 アールキーの言葉に、ロムルスは頷きながら立ち上がる。その際、何かを書いていたらしい本をぱたりと閉めた。
「この世界リクワイアの歴史の始まりと、あと種族の誕生についての話さ」
「そういえば、この世界はリクワイアって名づけられたんだっけ。で、種族も6種に分けられた……とか、そこまでは聞いたっけ」
 ある程度の話についてアールキーたちはロムルスから聞いており、その内容も覚えてはいた。その内容を覚えてもらっていたのが安心したのか、ロムルスはこくりと頷いて少し安堵するような表情が見える。
「覚えててくれて嬉しいよ。ただ、その種族の誕生で少し種族間で問題が起こってるのは知ってるか?」
「問題?」
 今度はイターヌルが聞く。ロムルスは全員を見渡すように視線をうつしつつ、少し険しい表情で話を続ける。
「俺たち人間が統率することで、一応ここまで生活するために必要な知識や技術は得ることができた……が、逆にそれで嫉妬や羨望から若干溝ができ始めてるんだ。これから私はある実験をしたいんだが、それをやるには種族揃ってみんなの力が必要なんだよ。だが溝ができるようじゃ、いつまで経ってもこの実験はできそうにない」
「……それで、僕たちを呼んだ理由は?」
 普段頼み事を受けているわけではないが、なんとなく頼まれ事をされるんだろうなという予感が、アールキーの中にはあった―――だからか、自然と次にはそんなことを口に出していた。
「この種族間の溝をなくして、実験を成功させたい。協力してくれないかい? アールキー、イターヌル、ソフェル……頼む」
 ロムルスはそう言うと頭を思い切り下げて頼み込む。よほどこの実験は成功させたいと思っているのだろう。
「……やろう、アールキー」
「イターヌル?」
「溝をなくす方法はこれから考えるしかないと思う……だが、それでも方法はあると思うし、それができてこの実験が成功した時の結果……僕は気になるんだ」
 自分なりに考えたのだろう、イターヌルは片手をあごにつけ、若干顔を下に向けていたが、それでもロムルスに協力してあげたいと思っているようだった。
「……そうだな、やるか」
「アールキー様がするなら、私もやります!」
「……みんな、ありがとう。感謝するよ」
 ロムルスの表情が少し笑顔になる。自然とその空気が和やかとなり、4人は微笑み合った。そしてロムルスはそのままその実験の準備と最終チェックを始め、アールキーたち3人はロムルスのいる部屋を一度後にするのだった。

                       *

「それで、何か方法はあるんですか?」
 外に出ても相変わらず見える景色は同じ綺麗な宇宙だ。その光り輝く小惑星帯をあちこち、顔を動かさなくてもいい範囲で目線だけ空を仰ぐアールキー。
「うぅ~ん……といっても現状を僕たちが把握できないことにはどうにもならないよな……」
 アールキーから出てきた言葉はそれだった。現状をなんとかすると言っても、肝心のその“現状”が果たしてどうなっているのか。まずはそれを把握する必要があった。
「なら、その現状をどうしているか手分けして聞いてみたらどうかな。それぞれで不満に思ってることや思うことが何かないか。たぶん3人でなら、できそうだと思うけど」
 そこでイターヌルが提案をかける。まず現状を把握するには聞き込み。おそらく一番メジャーで無難な方法だろう。アールキーはその言葉を脳内で復唱、咀嚼すると納得したようで、1回こくりと頷いてイターヌルとソフェルに顔を向ける。
「そうだな、それが一番いいだろうな。じゃあ手分けしてってなるけど……ソフェルは人間メンバー頼んでいいか? 僕は植物とか機械あたりに聞いてみる」
「は、はい、分かりましたアールキー様!」
「じゃあ僕は妖精や動物だね」
 こうしてアールキー、イターヌル、ソフェルはそれぞれ頷き合うと歩き出し、途中の道からそれぞれ現状を聞き出す聞き込み調査を開始することとなった。

                       *

「これで、大丈夫なはずなんだ。これで……」
 ロムルスは1人、何かを考えていた。彼の立つ部屋の机の上には、小さく水色に光る種のようなものが何十個とトレーの上に丁寧に置かれている。それを少し眺めた後、ロムルスはそれを机の上から落とさないようにトレーを移動させ、再び先ほど綴っていた本の続きを書き記し始める。
「(これが成功すれば、俺たちはもっと大きな可能性を掴むことができるはず。そうすれば、この世界だって……)」
 彼はただ、そう何度も頭の中で復唱しながら、本に何かを書き綴っていくだけだった――――。

                       *

 3人で手分けして行った聞き込み調査は、そこまで時間がかかるものでもなかった。今の天国に住む人々はさほど多いわけでもなく、3人がそれぞれの種族から不満や意見を聞き、それを総合的に見て意見のやり取りを行うまでは全てが順調にいっていた。
「……なるほどね、やっぱり多くは人間に嫉妬する気持ちがあったってわけか」
 種族のほとんどは、人間以外の種族はやはり人間が統率しているその能力に嫉妬するところも少なからずあったようだ。逆にその賢さを利用して我が物顔の人間がいることもまず否定はできない。ソフェルはそういう人間から話を聞くのが少し大変だったようだ。
「でも、やっぱりそれぞれの種族同士で思うことや不満は少なからずあるってことは分かりましたね」
 ちょっとしたことでもイラっとしたり、それがだんだんと不満となり、しまいには嫌悪感へと変わる―――それは更に溝を深める原因となってしまうことは明らかだ。3人はその場で考え込んだ。
「問題はそれをどうやって解決するか、だな……」
「難しいですよね。それぞれの種族がそれぞれの不満を持ってるってことですし、それってやっぱり個人単位だとこの人数でも解決難しいですよ……?」
 そう考えている時。イターヌルがふっと何かを思いついたように顔を上げる。
「そういえば……」
「ん、どうしたんだ?」
「いや、実験を成功させるには今いる人々の力が必要だって言ってただろ? なら、逆にその実験の旨を伝えて、協力してもらうよう僕たちが促せばどうかな? まだ聞いた感じそこまで溝は深くなさそうだと思うから、協力してもらえる人は協力してもらえそうだと思うんだけど……」
「大丈夫かそれ……まぁ内容次第じゃ協力してもらえるだろうけどさ」
 そう言い、3人は再び黙り込む。
「……まぁ、でも一理あるよな。やってみないとわからねーってのあるだろうし。ロムルスに話、聞いてみるか」
「そ、そうですね……」
 不安な面持ちで3人は再びロムルスのいる建物の中へと入ることにした。部屋は相変わらず機械だらけだが、少し時間が経った後だからか、どこか少し空気が違う気がしていた―――だがそれもいつものことかなと、3人はさほど気にするまでもなかった。
「ロムルス~? いるか?」
 そう声をかけるアールキー。部屋へ入る入口からはロムルスの姿が見えなかったため、念のため声をかけてみたのだ。少しすると部屋の影になっているらしいところから、少し疲れた感じでロムルスが姿を現してくれた。
「ん……どうだった?」
「バッチリ! ……っつーわけじゃないけど、聞き込み調査とかして現状は把握した。それで今度はこっちからの提案を言おうかと思ってさ」
「なるほどな……聞いてみようか」
 アールキーはロムルスに、先ほどイターヌルやソフェルと話したことを提案し、簡潔に分かりやすいよう説明した。ロムルスはロムルスでふんふんと内容を咀嚼して理解をしながら頷いていく。
「――――っと、こういうわけだ」
「なるほど、一理あるね……分かった、じゃあ実験内容を伝えるよ。協力してもらえそうな人たち……できれば40人ぐらいは集めてほしいかな」
「え、そんなに!?」
「まぁ理由は今から話すよ。とりあえずこれを見てほしい」
 ソフェルが驚いている間に、ロムルスは机の上に置いていたトレーを、部屋の中心にある机の上に置く。そこに置かれたトレーを3人が覗き込む。相変わらずそこには何十粒と小さな水色に光る種のようなものが丁寧に置かれていた。
「これは?」
「簡単に言えば『星の種』だ。このリクワイアの世界で生きていく上で、おそらくどんどん生命は生まれ続けていく。だけど、やがてこの空間も生命でいっぱいになってしまえば、住む場所を巡って争いとか起こりかねない。この『星の種』は、このリクワイアにある“ある成分”を十分に染み込ませて、人々が住むための土地みたいなのを作る苗床みたいなもんだ」
「へぇ~……すげぇなそれ」
 素直に感心したようで、アールキーはそう呟く。ロムルスはその反応を見つつ、話を続けた。
「で、だ。これは一斉に種をばらまいてその種が芽吹くのを待つ。だけどこれは俺1人でやってもだめなんだ」
「どうしてなんです?」
「俺1人がばらまくと、種が宇宙に放り出された時に種と種の留まった場所が近すぎるとまずいんだ。住む場所を作るって言ったろ? つまりこういう天国みたいな空間を俺たちなりに作り出すわけなんだが、そうするには1つの種につきかなり広大なスペースがいる」
「なるほど、それで種が全部ちゃんと芽吹くように、この種がある分だけの人数を用意して、その人たちに種をそれぞれ任意の場所にばらまいてもらおうってわけなんだね」
 イターヌルの言葉でロムルスは大きく頷いた。
「そういうことだ、ほんと理解が早くて助かるよ君たちは。やっぱ助手になってくれないかな~?」
「さすがにそこまで僕たち優秀じゃないと思うけど……(苦笑)」
「ははっ、冗談さ」
 そう言いながらロムルスは軽く笑い―――そして穏やかな表情になる。
「そういうわけで、また悪いが頼めるかい?」
「おっけー、了解した。任せろって!」
 そうしてこの星の種をばらまき、自分たちの住む場所を増やそうという企画は、3人の宣伝によって瞬く間に広がった。それまで若干の溝ができていたはずの種族たちだが、その大きなイベントの波に乗らないわけにはいかないだろうと、この話題はその種族の壁を越えて協力者は集まってくれた。40人は必要、とロムルスは言うが、この当時の人口は全体で50人にも満たないほどで、そのうちの9割以上が協力してくれることが前提だった。だがその心配も杞憂と言うように集まってもらえることとなり、結果この企画は次の日の昼前に決行となった。
「楽しみだな」
「そうだね」
 アールキーとイターヌルはそう言い合いながら微笑み合う。ソフェルもその様子を見て微笑みつつ、それぞれ自分たちの寝床へと入っていく。人々もアールキーたち同様、その日を待ちわびるかのようにこの1日を終えるのだった。

                      *

 次の日の朝―――といっても景色は相変わらず変わらないわけだが―――アールキーたちはわくわくが止まらないせいか、いつもよりも睡眠時間が短い状態で目が覚めた。アールキーはそのまま寝床から外へと出ると、またいつもと変わらず見える宇宙の空を眺め始める。
「ん~……! やっぱこの景色、いいな……」
 星の種とやらが芽吹いた時にどうなるのか分からない―――だからこそ、こんなに何もない―――否、広大な光り輝く小惑星帯が一面に見える景色がいつ見れなくなるか。それがあったからか、アールキーはいつも見慣れているはずのこの景色を、目に焼き付けるかのように眺めていた。
「あ、アールキー様も起きちゃったんですね」
 そんなアールキーの後ろから声をかける少女がいた。彼女もまた、今日のイベントにわくわくしすぎてろくに眠れなかったのだろう。
「おはようソフェル。やっぱりこういうイベントは楽しみだからな。何もない日常もいいけど、こういう楽しみがあるイベントはいつでも歓迎したいくらいだわ」
「そう……ですね」
 ソフェルはそう言うと少し俯き加減になる。背伸びをするアールキーはその背伸びを終えてから彼女が俯いていることに気づき、少ししてからその理由を悟る。
「あ……ごめん、思い出させちゃったか?」
「あ、いえ! 大丈夫です。だって、私にはアールキー様がいますから」
 ソフェルが思い出したこと―――彼女にはかつて、兄妹がいたのだ。ソフェルの兄は病弱というわけでもなくむしろ元気で妹思いのいいお兄さんだったのだが、ある日突如として彼は消息を絶ってしまい、以来彼とはアールキーでさえも会うこともままならなかった。この失踪事件は後に彼が“死んでしまった”のではないかという説が浮上し、ソフェルの兄はリクワイアで初めて“生命の死”を人々に知らしめることになったのだった。
「お兄ちゃんは……きっとどこかで生きてると信じてます。だから私、このイベントはお兄ちゃんの分も楽しんでおこうって!」
「うん……えらいな、ソフェルは」
 そう言いながらアールキーはソフェルの頭をなでなでする。少しソフェルの体がふにゃっと動き、顔が火照る。
「えへへ……♪」
 そんな時にイターヌルはいつアールキーたちに声をかけようか悩んでいたらしく、家の影からちらっと顔を出してはやめたりを繰り返していた。それにアールキーが気が付くのも、そこまで時間はかからなかった。
「ん、イターヌルもおはよう。やっぱイベント楽しみで早起きしちゃった感じか」
 その言葉でソフェルとイターヌル、両方がびくっとする。さすがにお互い気まずかったのかもしれない。
「あはは……ばれちゃったか。まぁ楽しみだよ。実験が成功すれば、それもそれでまた大きな歴史を刻めるってことだろうから余計に」
「分かるぜそれ」
 イターヌルがアールキーとソフェルのそばへ歩み寄る。撫でられていたソフェルは撫でられるのをやめると、イターヌルから若干逃げるようにアールキーの隣へサッと移動する。
「……見てたでしょ」
「いや、うん……その」
「見てたでしょ」
「見てました……ごめん」
 正直に苦笑しつつ告白するイターヌル。ソフェルはその言葉で顔を真っ赤にすることになったのは言うまでもない。
「と、とりあえずさ、実験開始まで準備時間がいるだろうし、手伝いにいこうぜ。集まる場所とか指示とかもいろいろ聞いておいたほうがいいだろうしさ」
 アールキーの言葉で2人はそのままロムルスがいる建物へと向かう。その建物へ向かうと既にアールキーたちが来るのを分かっていたのか、ロムルスは昨日の疲れている顔はどこへやらというように自信を持った表情で彼らを待っていた。
「おはようみんな。待ってたよ」
「まるでお見通しだな、まぁいいけどさ(苦笑)」
 軽くその場で笑いが起こる。この空気が一番心地いいのは、4人が共通して思うことだ――――少しして表情はまた戻り、真剣に今回の実験の開始と進行を説明に入った。
「種のほうは俺が場所までもっていくよ。そっちはこの紙に書いた場所に協力者を集めて待機しててくれるかい?」
 ロムルスはそう言うと紙をアールキーに渡す。その紙にはある程度広い集合場所が指定されているのが分かり、3人はその場所の把握ができると頷く。
「おっけー、じゃ、早速集めてていいかな?」
「ああ、頼むよ」
 こうして協力者たちはどんどん集まっていく。協力を申し出はしなかったものの、このイベントに興味を持っている人々もいるようで、そういう人たちもその集合場所へと集っていった。結果、1つの広い空間が一時的だろうが多くの人が集う会場へと一変した。人々が雑談しつつ待っている間、アールキーたちもまたロムルスが現れるのを待った――――やがてロムルスが1つの小さな箱を持って人々の視線に入ってくる。彼の登場と共に少しざわめきが変わり、彼もまたゆっくり静かに会場の前に歩いていく。そして注目を集められそうな人々の前に立つと、ロムルスは早速話を始めた。
「このような機会が持てたこと、本当に嬉しく思います。拙い技術ながら、私ができる最大限の実験を行いたいと思います。それを行うには、皆さんのご協力が必要でした。人間、妖精、動物、植物、機械。全ての種族が協力し合ってこそ可能となる実験なんです。協力を申し出てくれた方には、改めて感謝を申し上げます」
 そう言い、ロムルスはまず一礼する。そこまであった人々の雑談はその言葉で止み、ロムルスの言葉はなおも続く。
「協力を申し出てくれた方には、この『星の種』を任意で皆さんのお好きな場所に投げていただくだけで結構です。宇宙は広いのでどこかに留まり、そこで芽吹き、私たちが住む場所が生まれるという手順は間違いなく起こるでしょう。これが成功すれば、新しい可能性を見出すことができるんです! 協力していただける方は、この箱の中にある種を……1人ずつとって、任意の場所に立って待っていてください」
 ロムルスは箱を開け、そしてアールキーたちにしか見せていなかった『星の種』を人々に見せた。その薄く水色に光る種のようなそれを見た人々ははじめは驚くあまりがやがやとざわめいたが、やがて1人の人間がその種を手に取り任意の場所に歩き出すと、協力を申し出ていた人々が次々と種を取り、邪魔にならない位置で待機し始める。この瞬間が、おそらく初めて種族を越えた初めての協力なのは間違いないだろう――――そして最後の1つを取り、最後の人間が位置につくと、ロムルスは宇宙に向けて言い放つ。
「では皆さん……一斉に投げてください!」
 その言葉で、種は一斉に投げられた。その投げ方は人それぞれで、どこかのスポーツのように投げるような人もいれば、ごく普通に石を投げるような感覚の人、あるいはゆっくり丁寧に投げる人など、様々だ。そしてその種は次第に見えなくなり、やがてその種は人々の視力で確認できる範囲には見えなくなってしまった。
「ど、どうなんだ?」
 アールキーが不安のあまり呟く。だが、その星の種が芽吹く気配はない。まだ始まって間もないため、最初は人々が皆、息をのんで見守っていたが、やがていつまで経っても変化が起こらないことに1人の人間が怒り出すこととなった。
「おい、何にもおこらねーじゃねぇか! どうなってるんだよ!」
「えっと……」
「星の種と言いながら、実はただの実験の失敗したものの廃棄を手伝ってもらっただけとかじゃなくて?」
「あのですね……」
「ガセだガセ! 裏切り者!」
 すぐに何か変化が起こると思っていたのだろう―――ロムルスも必死に弁解しようとしていたわけだが、こればかりは結果が出なかったことでアールキーたちも何も言い返すことができなかった。
「待ってください! 『星の種』はすぐ芽吹くかどうかという可能性は低かったんです! だから……」
「だから待てって言ってるのか!? 『星の種』をばらまいたら芽吹いて新しい住む土地ができるって言ったの誰だよ嘘つきが!」
「ま、待って皆さん! ロムルスの言うことも聞いてあげt……」
 だが、そのバッシングを受けたロムルスにはある変化が起こっていた。次第に口数が減り、彼からは何かとてつもないオーラがまとわり始めていたのだ。その気配に真っ先に気が付いたのは、先ほど弁解に加わろうとしたイターヌルだ。
「イターヌル……? どうしたんだ?」
「いや……ロムルスの様子がおかしい気がするんだ……」
「え……?」
 バッシングをなおも続ける人々の前で、ロムルスの体からは黒いオーラが目で見ても分かるレベルにまで達していた。さすがにそこまで来るとアールキーやソフェルも気が付いたようで、何かが起きようとしていることはその時点で察することができた。そして一言―――。
『ダマレオロカモノドモ!!』
 その一言と共に、ロムルスの体は黒い何かに包まれ―――さすがにそれで人々のバッシングこそ止まったが、それと同時に人々の中から恐怖という感情が芽生えた。そしてそのロムルスを包む黒い空間はやがてロムルスの体から抜けるように出てくると、彼は力なく倒れ―――そこに1つ、黒い煙のようなそれが静かに浮遊していた。
「なんだ……あれ……?」
 アールキーはそれが今までに見たことのないとてつもなく危険なものであることを、本能的に察していた。そしてその黒い煙は―――どこからともなく、声を発する。
『貴様ら愚かな者共……消し去ってくれよう、この世界は我が支配してくれる!』
「ど、どういうこと……?」
 イターヌルも呟く。彼もさすがにこの状況を整理しようと必死なのだが、人々も恐怖のあまりその場から動けずにいた。
『そうだな……サタンとでも名乗っておこうか。貴様らをこれから地獄へと突き落す悪魔のようなものなのだからな!』
 そう言いながらその黒い煙は人々を襲おうと動き始める。人々は泣き叫び、喚きながらその動き始めを合図にそれぞれ散っていく。その場から依然として動かないアールキー、イターヌル、ソフェルの3人は、そのサタンと呼ばれた物体の動きと気配に圧倒されていた―――やがてそのサタンの注意はその3人へと向けられる。
『そうだ……貴様が一番邪魔なのだ、アールキー・フライニング』
「ぼ、僕!?」
 急に名前を言われ、驚くアールキー。だが、その驚く間もなくサタンが何かをしようとする気配を察知する。
『我の器になれアールキー。貴様のその“ディエティ”の力で、世界を我が物にしてくれる!』
 そう言った途端、そのサタンはアールキーへと勢いよく向かってきていた。
「ちょっ、待ってくれどういうことd……」
 そう言った瞬間だった。アールキーの体の中目がけて、サタンは入り込んだつもりだった――――が。
「うぐっ……!!」
「っ!?」
 そのアールキーの前に立ちはだかり、かばった者がいた。その黒髪の少年は体の中にサタンが入り込んだ影響か、その場に崩れ落ちる。
「イターヌル!!」
「イターヌルさんっ……! しっかりして!」
 しかし、イターヌルの体を気遣おうとした瞬間。アールキーはイターヌルから手を弾かれてしまった。
「……え?」
 最初それが何を示すのかは分からなかった。ただ、それは普段優しい雰囲気を持った少年である彼がするようなことではないということだけ―――それだけは理解ができた。しゃがんだまま固まっている状態のアールキーとソフェルをよそに、イターヌルは静かに立ち上がる。
「……そうか、こちらも“ディエティ”としての素質があったわけか……クククク……」
「でぃえ……てぃ……? おいイターヌル、どうしたんだ? 一体どうしちゃったのさ!」
 まるでそれは、人が入れ替わったかのようだった。人格がまるごと飲み込まれたかのような―――否、まさにその表現で正しいのかもしれない。今のイターヌルは“イターヌルであり、イターヌルではない”のだ。
「世界を我が物にする第一歩は踏めた。次への一歩は……アールキー、貴様を殺すことだ。覚悟はいいか?」
 そう言った時、イターヌルの手にはどこから出したのか分からない黒く光るロングソードが握られており、それがアールキーを狙っているのは間違いなかった。
「イターヌルさん、一体どうしたんですか! アールキー様を殺すってどういうこと……?」
「うるさいぞ小娘」
 そう言い、イターヌルは隣にいたソフェルを剣の一振りで起こした波動で吹き飛ばした。
「きゃぁっ!」
「ソフェル!」
 そのままソフェルは飛ばされたショックで気絶してしまう。助けにいこうとするが、その前にアールキーは首元に剣をつきつけられることになる。
「その前に貴様は自分の命の身の危険を知ることを忘れていたのではないかな?」
「っ……!」
 危機一髪というこの状況……それから逃れる手は、まさに戦いというこの場面を経験したことのないアールキーにとってないに等しかった。希望が絶望に変わり、何もかもが終わりに見えてしまうこんな状況―――そしてイターヌルはそのままその剣を振り下ろす―――――。
「……!?」
 だが、その振り下ろしたと同時、アールキーの体は光り輝き、その場が光一面で覆われる。それにより、空間は一時的に、光の空間へと変貌したのだった。

続く

お知らせや情報

原作はこちらこちらを参照ください。

~簡単なあらすじ~
幻想郷は平和そのものだった。しかし、突如現れた一本の剣が、大規模な異変を起こす。
博麗の巫女、博麗霊夢は、その異変解決へ向かうため、魔理沙と共に霧の湖へと向かう。
一方、その湖には招かれざる客らしき姿があった――――。

初版、復刻版で本を販売中!
詳しくはこちらまで。

第二弾は現在作成中です。

超時空間……?

原作はこちらを参照ください。

~簡単なあらすじ~
世界リクワイアの民は、どこか似通った雰囲気を持つ世界と出会う。しかしその雰囲気も最初の印象だけであり、実際は全く違う世界であることに気が付く。そしてそんな時に出会う四女神とその女神候補生たち。そして彼女たちを取り巻く個性豊かなキャラクターたち。
彼女たちとリクワイア民の出会いが起こす奇蹟が、ここに記される――――。

キャラクター紹介

プロローグ

第1話

第2話

第3話

※更新されるごとに話は増えていきます。

とっぷ

~簡単なあらすじ~
リクワイアには、魔法を扱うことのできるファンタジーな世界が広がっている。
しかし、広大な宇宙の中で数多の星が漂う中、そんな知識を持つことさえ許されなかった人々がいた。
そんな彼らをリクワイアの民は“マン人”と呼び区別し、不可思議な力の存在を認識させまいとし、恐れていた。
アノム星と呼ばれる星に住む少女、ロムネ・ミキルドは、マン人でありながらもおとぎ話のようなファンタジーな世界があることを信じ、その世界に触れることができる日を夢見て学校に通っていた。
母ララムにそのことを心配され、やがてその存在を信じることに不安を持ち始めた頃、彼女は不可思議な存在と出会う。
日常あり、ファンタジーあり、どたばた恋愛あり!? な物語が、ここに始まる――――。

キャラクター紹介

プロローグ

第1然

第2然

第3然

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幻想への道

原作はこちらこちらを参照ください。

~簡単なあらすじ~
不思議な縁がリクワイアの民を呼んだ。その縁は“彼女”が望んだのか、それとも“創造主”が望んだのか。
2つの世界が混じりあう時、彼らの物語は始まる。

キャラクター紹介

プロローグ

第1話

第2話

第3話

※更新されるごとに話は増えていきます。

とっぷぺーじ!

~簡単なあらすじ~
彼女は好奇心旺盛だった。だからこそ、旅をしたいと思った。
幼い頃に育ててもらった故郷を出た彼女は、様々な星を旅するどころか、その範囲は世界規模へと渡っていく。
そこで出会いと別れを繰り返し、その先に彼女は何を見るのだろうか―――。

キャラクター紹介

プロローグ

第1話

第2話

第3話

※更新されるごとに話は増えていきます。