アールキー・フライニングの伝~後編~

 人々の心配そうな、そして不安そうな視線を受けつつ、アールキーはイターヌルに指示された場所へと足を運んでいた。個人的に言わせてもらえればなぜ自分がこんな目に遭わなければ―――と思うが、それは現状だと誰だって感じてしまうことだった。
「……で、ああは言ったけど」
 歩を進める最中、独り言のように声が出る。一番感情が不安定な状態なのは、親しい友人たちどころか、実の兄を亡くした経験もあるソフェル―――自分ですらこの数日間で起きた出来事が夢であればどれほど嬉しいかと思うほどに―――だが現実とは残酷なものであり、アールキーはこの現状を、目の前に突き付けられた現実を受け入れ、今こうして前に進まなければならない。自分がしっかりしなければ、彼女もきっと感情に任せてその身を滅ぼしてしまうかもしれない―――さすがにそれは誰も望んでいないし、アールキー自身まずそれを望まないだろう。それもあってか、決意した言葉を出さなければ、自身も彼女もその不安を取り除くことはできなかっただろうとも言える。しかし――――。
「どうイターヌルを救うことができるだろう。あのサタンって奴だけなんとかできれば、イターヌルを正気に戻すこととかできそうなもんだけど……」
 考えながら呟いてるため、目的地へは着々と近づいている。その間に突破口が見いだせるのかと言われれば、おそらくそれは今の彼には難しいとしか思いようがない。
 やがて考えるだけで特に何も策が見つからないまま、アールキーは目的地へと辿り着く。今では宇宙(そら)に輝く小惑星帯すら気にかからず、彼はそのまま目的地で鋭利な刃物を持って待機している、かつての友人の姿を見つけた。
「別れの挨拶は終わったかい、アールキー」
 その言葉に感情はなかった―――否、冷徹という表現のほうが正しいのだろうか。今の彼には、こうなる以前の優しげな雰囲気は存在せず、彼の思い描く未来が近いのか自信に満ち溢れたオーラを纏っている。
「なぁ、イターヌル。やっぱり戦わないとダメなのか? それ以外に方法はないのか?」
 アールキーはやはり目の前の友人と殺し合いのような戦いをすることはそれでも嫌だった。つい先日まで一緒に笑い合い、協力し合い、仲良くしてきた友人同士が、なぜ今こうして刃を向け戦わなければならないのか。今の彼には、戦う以外に彼を救う方法を見つけ出したかった。
 だが、意外にもイターヌルはその問いに肯定の言葉を紡ぐ。
「あるにはあるよ」
「ほんとか!?」
 戦う以外に平和に解決する方法。アールキーがいくら考えても出てこなかったもの。それを彼は持ち合わせている―――内容を聞きたくないわけがなかった。イターヌルは頷き、少し笑ってみせる。
「“ディエティ”の力を差し出してくれるだけでいい。そうすればアールキーは俺と戦わずに済む。望んでないんだろ? 俺と戦うことなんて」
「当たり前だろ……戦いなんてしたことないし、それに……お前となんて、余計戦いたくないに決まってる」
「なら、答えは1つだよな?」
 そう言いながらこちらへ来てくれ、というような仕草をアールキーに向ける。警戒はしたくないものの、アールキーはその仕草に従うように歩き出し、彼との距離を少しずつ縮めていく。
「でも、“ディエティ”の力って何なんだ? 神様……とかよく分かんないし、僕がそういうのだって実感はなさすぎるし……」
 聞いても答えを知ってるか分からない―――だがアールキーはその答えも知ってるのではないかと、ふとそんなことを口に出していた。だがその答えもまた、彼は持っていた。
「“ディエティ”の力は世界を司る力。聖なる力でありこの世界が危機に瀕した時現れるとされる神のことさ。まぁ、自覚がないのも仕方がない……なにせアールキー・フライニング―――貴様がこの世界での“初めて”の覚醒者なんだからな」
「初めての……覚醒者か」
「その力は世界を救う力となると同時に、世界を滅ぼす力にもなりうる。だからこそその力を欲しているのだ。それさえあれば俺は自由になれる。“サタン”がその力を欲しているんだからな」
「“サタン”……」
 初めて現れた時、人々はそれに恐怖し怯え、逃げ惑い、悲鳴をあげていた。そのサタンが、今イターヌルの中に宿り支配している。ディエティの力さえあれば、きっとイターヌルの中に宿ったサタンをどうにか切り離すなり消すなり、そういうことができるのだろう。
 そしてアールキーとイターヌルは、ほぼ面と向かう形にまで距離が縮まり、そこでアールキーの歩みは止まる。友人として隣にいた時もこのくらいの距離感だっただろうか―――そんなことを思いながら、アールキーとイターヌルはお互い目線を合わせた。
「でも、どうやってそんな力を渡せばいいのか……僕には分からないよ。ディエティとかサタンとか、今の僕にはどうでもいい……君を助けたいんだ、イターヌル。どうすればいい?」
 だが、そこまで距離が縮まっていたのが逆にアールキーにとって一番危険で、そしてイターヌル―――サタンにとってはとても都合のいい距離感となっていた。イターヌルの顔がニヤリと微笑み―――。
「……がっ!?」
 瞬間、イターヌルの片方の手が、アールキーの首を絞めていた。予想以上に強い力に、アールキーは持っていた黒光りする杖を落とし、イターヌルの腕を握る。
「い、イターヌル……何をっ……!」
「ディエティの力を抜き取れればいい……だから今から抜き取ってやろうって話だよ。ほんとに純粋で哀れなのだな、貴様は……」
「う、ぐ……!」
 イターヌルの握る手からは、少し黒光りする稲妻のようなものが走っており、アールキーはそれと同時に少しずつ自分の体から何か力が抜けていくような感覚に襲われていた。
「心配ない、すぐに終わる。そのまま全て抜き取れば命だけは救ってやるから安心していいよ」
 彼の目は笑い、しかしその言葉はどこか信用ならない風にアールキーには聞こえていた。ここまで来てようやく彼は理解したのだ。もう和解できるレベルになっていなかったこと。そして自分が今、世界を救うために必要な力を奪われ、命までもを抜かれようとしていることを。かつてロムルスが遺してくれた日記にあった言葉を、今更思い出してしまったのだ。

“ディエティとしての力が備わってる2人なら、きっと俺が絶望し闇に呑まれても、世界だけは守ってくれると思って”

 その言葉を思い出した瞬間、アールキーの、イターヌルの腕を持つ手に力が入る。念を込めるようにそこから光を出し、その光の力は彼の首を絞めていたイターヌルの腕に直撃する。
「っ!?」
 その衝撃に驚き、イターヌルは手を離す。それによってアールキーは自由を取り戻し、そして後退して距離をとりその場に少しよろめいて片膝をつきつつ咳込んだ。
「……素直に力を渡していれば死なずに済んだものを……なぜ途中で拒んだんだい?」
 意識が少し朦朧としているのか、まだ若干咳き込んだままのアールキーにイターヌルは聞く。
「こほっ……そりゃあ……使命があるからだよ」
「使命?」
 咳き込みがだいぶ落ち着くと、アールキーは落としていた杖を拾い上げながら立ち上がり、再度彼を見つめた。
「ロムルスが遺してくれた日記……あれにはもしものことが起きた時に、僕かイターヌルがこの世界を守らなきゃならないって教えてくれた……その意味をずっと理解できずに今までいたけど……」
 そう言いながらアールキーは杖を持ち、構える。
「ディエティの力が僕自身の力なら、渡すことができない。戦いはもう……避けられないんだって!」
 その言葉にふん、とイターヌルは鼻で笑った。
「自ら戦いを選ぶのか……愚かというかなんというか。その力をまともに扱ったことすらない貴様が、使いこなせると思ってるのか?」
「無論、それはそっちだって同じだろうよ……生まれて間もないサタンでも、“闇”を完全に操る力が今身についてるとはとても思えないけどな?」
 そして、その言葉が終わると同時。イターヌルの鋭利な刃物がアールキーへ迫ってくる。もうこれは平穏に話し合いで解決するものではない―――アールキーはその刃物に切り刻まれないよう適度な間合いを取るようにその攻撃をよけていく。戦闘経験がないはずのアールキーだが、それもディエティという神の力のおかげなのか、はたまた彼の中に眠っていた本来元から備えていた能力が今こうして開花しているのか―――いずれにせよ、イターヌルの振りかざす攻撃をアールキーはよけ、そのたびに距離を置きつつこの状態からの突破口を見出そうとしていた。
「(何かないのか、僕が使えるような何かが……)」
「はぁっ!」
 そしてイターヌルはそんな考えている暇も与えまいと次々と斬撃を繰り出してくる。イターヌルもまた戦闘経験がないはずだが、やはりこれもサタンの力が作用しているせいなのだろうか―――そう思いながら、アールキーがその攻撃をよけ続けている間に、ふっと突然何かが脳裏に思い浮かぶ。
「(これは……よく分からないけど、念じてさっきみたいに言ってみたらなんとかなるか?)」
「ごちゃごちゃ考えてる暇があるなら、さっさとその身を切り刻まれてくれたほうがいいんだけどな!」
 イターヌルの一撃がアールキーを襲う。さすがにかわしきれないと思ったのか、アールキーは杖でそれを防ぐ。案外頑丈なのか杖が折れるなどといったことは起こらなかったが、その代わりその一撃はかなり強かったらしく、若干アールキーは後ろに吹き飛ばされそうになりながらなんとか地面に足をつけ続けたままやや後退し、再び距離感を取る。
「いつまでそれが持つか見物だな」
 再びイターヌルはその刃物を一度軽く上下に振り、そしてそれを合図にアールキーのほうへ突っ込んでくる。だが今度はアールキーが反撃をする番だった。迫りくるイターヌルを前にその場で目を瞑り、何か念じるように杖を構え始めたのだ。
「なっ……!?」
 そしてイターヌルが驚いている間に、アールキーは目を見開き、脳裏に浮かんだ言葉を口にして杖を前に振る。
「光よ、制裁の光を! 『シャイニングスター』!」
 その言葉と同時、アールキーを中心にいつの間にか魔法陣が現れていた。その魔法陣は光を強くしたかと思うと、その光はイターヌルの体に直撃するようにダメージを与え、目の前まで迫っていた彼の体勢を崩し跪く形となった。
「お、おのれ……いつの間にそんな……!」
「サタンからイターヌルを解放すれば、イターヌルは救われるはずなんだ……だから!」
 そしてそのまま、アールキーはまた距離を置き、何かを唱えるような念じるような構えをとる。それもまた、先ほどと同じような魔法陣が描かれ、何かを出そうとしていた。
「させぬ……!」
 距離をとったとはいえ、その間はそこまで離れていない。イターヌルは攻撃を受けてもなお、再びアールキーへ斬りかかろうとする。だが――――。
「イターヌルを……救いたいんだ、頼む! 僕の力全部をかけて!!」
「なっ……!?」
 アールキーを包む光は輝きを増し、イターヌルを近づけさせない状態にまでなっていた。
「『セイントパージ』!!」
 そう叫び、アールキーが杖を地面にこつんと叩いた瞬間。杖の前に出た魔法陣から細いレーザーが放たれ、それはイターヌルの体を貫き――――そしてその姿は何かに包まれながらその場から消えていった。
「……(終わった……のか……?)」
 考える間もなかった。否、そう考えた頃には。イターヌルの姿が何かに包まれながら消えると同時、アールキーもまた、力なく仰向けに倒れこんでしまったのだった―――――。

                           *

「……ルキ……! ……キー様!」
 意識が消えたと思っていた。だが、まだその意識は覚醒できるだけの力が残っていた。誰かに声をかけられている。それを認識できる程度には。
「アールキー様!!」
 その意識がはっきりした時、その声はいつも自分と一緒にいてくれた少女のものであると分かった。仰向けに倒れたアールキーが残りの力を振り絞るように首を動かすと、そこに涙目で自分を見つめてくる少女の顔がうつりこんだ。
「ソ……フェル……?」
「アールキー様、しっかりしてください!」
 今この時代に医者は存在しない。仮に医者がいたとしても、それは住人たちで知恵を出し合って対処法を見つけ出す方法か、ロムルスに頼ることくらいしかない。だがロムルスは既におらず、住人たちも今は恐怖でこの場所へ来ることはできないだろう―――彼女の今にも泣きだしそうな声が、アールキーの耳に届いてくる。
「大丈夫……イターヌルを救えたか……分からないけど……負けなかったよ……」
 今のアールキーの声は、か弱く、そしてか細かった。今にも消えてしまいそうな声を、彼は出していること自体自覚できていない。ソフェルは戦いを見ていたのか見ていなかったのか、いずれにしても今彼が目の前からいなくなるような恐怖を覚え、そしてこうしてアールキーのそばにいるのは間違いなかった。
「アールキー様待ってて、すぐに休ませて……」
 そう言いながらソフェルは立ち上がり、住人たちのいる場所へ向かおうとアールキーを一瞥してから行こうとしたのだろう。だが彼女がその時見たのは、ロムルスが死んだ時と“同じ”現象だった。その現象を目の前で見たソフェルは言葉を失い、その場で固まってしまった。それがアールキーには不思議だったのだろう、自分に何かあるのかと思うように右手を自分の視界に入れ、ひらひらとしてみる。特に何かあるわけではないのでは? と思ったのだが、その手を見ていると次第にそこから光の粒が上空に向かっていくようなものが見え始め、アールキーはそれでやっと自分に何が起こっているのかを理解した。
「……ははっ、そっか……」
 ロムルスが死んだ時―――体は光の粒となって消えていったとソフェルから前に聞いた。それはすなわち、その人の“死”を意味していた。そして、そんな彼と同じことが今、アールキーの身には起きているのだ。精神や魂がまだ意識として残っていても、体はもうとっくの昔にこの世に留める力を残してはいなかったのだ。
「なんで……なんで!! アールキー様までいっちゃうの? ねえ……アールキー様!!」
 少しずつ透明に、光の粒となっていくアールキーに寄り添うようにソフェルは彼の名を連呼する。だがいくら連呼したところで彼の消え行く姿が止まることはない―――アールキーは半透明になった右手を優しくソフェルの頭に乗せた。
「……ごめんな、1人にさせてしまって……でも、もうダメみたいだ……」
「……っ!」
 ソフェルの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。アールキーは、笑っていた。
「……大丈夫だよ、ソフェルならちゃんと生きていける」
 それにソフェルは首を横に振った。
「無理ですよ……アールキー様がいなくなったら、私……!」
「ソフェル」
「っ!」
 アールキーの声に、ソフェルは気づけば俯いていた顔が上がり、アールキーを見つめる。
「……できたら、笑ってお別れしたい。僕たちはもうここにはいられないかもだけどさ………できたら、ソフェルは僕たちの分まで生きてほしい。なんだかんだ、僕は世界の危機を救えた……それで僕は十分だったんだよきっと」
「アールキー様……!」
 そして姿はもうほとんど見えなくなってきていた。声も遠いように感じてしまう。
「やだっ……私を置いていかないでっ……!」
 涙声で、ソフェルは訴えた―――アールキーは、一言だけ告げた。
「大丈夫……いつも傍に……僕は……」
「アールキー様!!」
 そう言った時。彼の姿はもうそこにはなかった。ソフェルはそこにいた、ずっと募ってきた存在を、今目の前で失ったことに深い悲しみを持ってその場に座り込んでいた。だが、もうそこにその存在はいない。おそらく二度と会うことはできないのかもしれない。そう思うと、彼女から流れる涙は止まらなかった。
「………」
 俯き、涙は止まらなかった。しかし、同時に彼女は宇宙(そら)を見上げた。その時まるで、タイミングを見計らうかのように流れ星が彼女の視線に入る。それはまるで、アールキーの死を無駄にしないでほしいと言うような、そんな想いが込められていたかのように。
 そしてソフェルは、何かが分かったような気がした。死とは必ず誰もが訪れることになるものであって、それが早いか遅いかということ―――。実の兄を失い、今はいたはずの幼馴染や友人たちも失ってしまった。でもそれは今でも彼女の中で思い出として“生きて”いるのだ。自分の中で気持ちを整理しているうち涙は止まっていたが、悲しみを拭い去るにはまだまだ時間がかかるのはなんとなく分かっていた。
「………アールキー様」
 そう言い俯きながら立ち上がり、再び宇宙(そら)を見た。今ではその小惑星帯が、自分を慰めてくれているかのようにすら感じてしまう。
「……私、あなたの分まで頑張って生きてみます。だから……見守っててください」
 そうは言ったが、実際ちゃんとこのまま生きていけるのか、彼女自身分からなかった。しかし、それでもまだ、彼女は死ぬという選択肢だけは選びたくないなと、それだけは不思議と思うことができ、そしてそのまま住人たちのもとへと歩き出すのだった。

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