アールキー・フライニングの伝~中編~

 真っ白な空間の中で、アールキーはふと誰かの声を聞いた。本人の記憶には全く残っていない、しかしどこか懐かしいような―――温かい声。

“ディエティの加護を――――世界を………お願い――――”

 そんな声が、アールキーの脳内に直接響くように聞こえた。その声が誰のものなのか分からない。そもそもアールキーに親という存在はなく、これまでの自分の過去について特に疑問を持つことなく“今”を生きてきたからだ。だが、この声はそのアールキーが今まで一切気にしてこなかった“過去”の小さな頃の自分のことを気にさせるような―――。アールキーはその声に脳内で何か言葉を返そうとしたが、その返事を言う前に、彼の意識は暗転した。

                   *

「アールキー様!」
 少女の声で、アールキーの意識が戻る。彼がいたのはいつも寝る時に使う寝床だった。仰向けに寝ていたようで、目を覚ますと見慣れた天井が彼の視覚に映る。
「僕は……いったい……?」
 そう言いながらアールキーは自分が意識ある間に何があったのかを軽く整理する―――そう、ロムルスが『星の種』をまいて、自分たちの住処を天国だけじゃなく、新しい新天地を作ろうと決め、自分たちはその大きなイベントに参加した。そして結果は―――さんざんだ。それから何かが変わり、ロムルスは倒れ、イターヌルは自分を庇い―――。
「……っ!」
 そこまで思い出し、アールキーの仰向けだった体が飛び起きる。そしてずっと目を覚ますのを待っていたのか、彼のそばにはずっと座って安否を心配していた少女がアールキーを見つめていた。
「ソフェル……大丈夫だったのか? 怪我は?」
 ソフェルはアールキーの意識がなくなる寸前、突如として性格が豹変してしまったイターヌルによって吹き飛ばされ、気絶していた。見た目から外傷はなさそうではあるが、やはり少し心配になる。
「大丈夫です、このくらいへでもないですよっ」
 そう言いながら苦笑いしつつ、自分が大丈夫であることをアピールする。だがその表情にはどこか辛いと思う気持ちが見え隠れしており、アールキーがその心理に気づかないわけがなかった。
「……辛いなら言わないと。な?」
 優しく諭すように言う。それが彼女の空元気を失わせたのか、さっきまで大丈夫とアピールしていた彼女は笑顔をなくし、俯いた。
「……ロムルスお兄ちゃん、死んじゃったっ……」
 ロムルスの体から出た黒い煙がイターヌルへ移り、アールキーから出た真っ白な空間が周囲を包んだ後。一部の人々がその様子に驚きつつ、ソフェルをまず介抱したという。しばらくしてロムルスは光の粒となって消滅し、その後にアールキーがふわりと優しく天国の地に気絶して倒れているのが目撃され、運び込まれたとソフェルは話してくれた。
「イターヌルは……?」
 そして、アールキーを庇い、その結果彼の性格が豹変してしまったイターヌル。彼の安否もまた気になっていたが、ソフェルは首を横に振った。
「分からないんです……真っ白な光が一時的に一部の空間を包んだ後、イターヌルさんの所在が分からなくなって……どこにいるか分からないんです」
 そしてそこで耐え切れなくなったのか、ソフェルの赤い瞳から涙が零れ落ちてくる。この実験、イベントがなければ、またアールキーたちは仲良く1日、また1日と平和な毎日を過ごしていたはずなのだ―――否、あるいはこうなることは既に決められた運命だったのだろうか。やがて彼女は嗚咽をあげ始める。
「……大丈夫ソフェル。ロムルスは……もういないかもしれない。でもイターヌルならまだ助けられるかもしれない。まだ死んだって決まってないんだからさ……?」
「そうっ……だけど……っ……ひっく……」
 やがて涙がぽろぽろと零れながら、ソフェルはそれを必死に手でぬぐおうとする。だがいくらそうしたところで、彼女から溢れ出てくる涙は止まらなかった。アールキーは静かにソフェルの頭に片手を置き、優しく撫でた。アールキーもまた辛いのは同じだったが、泣くわけにもいかなかった。唐突に起きた友人の不幸を自分まで泣き悲しんだところで、何かが変わるとも思えないからだ。
「……辛いな、ほんと」
 どうしてこうなってしまったんだろう。ただその言葉だけが、何度も何度も彼の脳内を復唱し、ぐるぐるとまわっていた。何か策はなかったのか、どうして友人の悩みに気づけなかったのか。どうしてこういう状況が生まれてしまったのか。いくら考えても見つかりそうにない答えを、アールキーはソフェルの頭を静かに優しく撫でながら考えていた。ソフェルも彼の優しい手を受けながらしばらく嗚咽をあげていたが、時間と共に2人とも落ち着いてくると、とりあえずとお互いに顔を見合わせた。
「ありがとうございます、アールキー様」
 そうは言うが、まだ彼女の声は若干涙声だ。アールキーは優しくその言葉に微笑みつつ、次にこの状況ができた後人々はどうしたのか、自分たちがやらなければならないことを考えようとその場から立ち上がる。
「とりあえず、外に出てみよう。他の人からあの後どうなったのか、もう少し詳しい話を聞かないと」
「そうですね……」
 そして寝床を後にし、人々の話を聞く。アールキーはあれから2日ほど眠っていたようで、しかしその間特に何かあったわけでもなかったようだった。だが恐怖を植え付けられた人々は、あまり積極的に外に出ようとはしていなかった。かろうじて外に出ていた人々から話を聞き、今のところ天国はまだ安全を保てているということだけを確認すると、2人は宇宙空間を見上げた。
「……相変わらず何もないんだな」
 何もない、小惑星帯が光り輝く世界だけが広がる空間。『星の種』をばらまいたが、それが芽生えたような気配は全くなかった。本当にこの実験が失敗だったのか―――アールキーはその結論が出せないまま、宇宙(そら)を見つめていた。
「アールキー様……」
「……ん?」
 そんな時、ふとソフェルがアールキーに声をかける。
「ロムルスお兄ちゃんのいた建物、どうなるのかな。あのままなのかな……」
 そう言いながらソフェルは、ここから少し見えるロムルスの研究所を見つめた。今は人の気配が全くせず、主を失った小さな館のようになっていた―――が、そこでアールキーは何かを閃いたように少しだけ顔に覇気が戻る。
「……そうだ、何かロムルスに関することで調べてみよう。何か分かるかもしれない」
 そう言って歩き出すアールキーの後を、ソフェルもついていく。今やれることをやる―――今2人がここで生きる目的を作るには、それしかなかった。2人はそのまま無人となった建物の中へと入り、ドアを開ける。無人となった建物の中はたくさんの機械の光がその部屋を照らしているだけで、中心にある机も光が寂しく照らされていた。だが普段から静かな部屋ということもあり、まるでそこにまた実は「ドッキリだったんだよ!」と言いながら机の下からロムルスが出てきそうな雰囲気すらあった。むしろ2人はそっちのほうがまだ、悲しみから逃れることもできたのかもしれない―――しかしロムルスはそんな性格の持ち主ではない真面目な人間であり、そんなことをするような男ではなかった。単純にそれは2人の願望でしかなく、現実は非情なものだ。
 何か手がかりとなるものがないか、2人はそこで少し機械を見たり机の上や引き出しを見るなりして探し始める。無言で探す2人ははじめはその手がかりすら見つけられないのではないかと不安さえ覚えたわけだが、そう思うか思わないかというタイミングで、アールキーはふと、奥にある勉強机の上に1冊の本があることに気づく。
「……ん、これは」
 その本を手に取り、ぱらっと1枚めくってみる。そこにあったのは―――。
「ロムルスの日記……? いや、研究の本かな……?」
 ところどころ研究を行った結果を記したメモが書いてあるあたり、ロムルスがいつもここに座り、執筆していたものなのだろう。数日前にロムルスに呼び出され、その時に彼が書いていたのもこの本だったのだと、今では推測ができた。そして、その中にいくつか、今回の件に絡みそうな文章がいくつか目に留まる。

~桜の三日月より~
 今日、やっと種が完成した。とても嬉しかったが、ひとつ問題があった。まだ種族間の間で溝ができているのだ。仲が悪いわけではないのだろうが、もしこの実験を宣言した時に彼らは動いてくれるのだろうか。不安ばかりが続く。
 あと、これはメモとして残しておこうと思う。調べているうち分かったことがある。属性の力について前記したことがあると思うが、このバランスが崩れるとどうやらこの世界は平穏を保てなくなる仕組みがあるらしい。誰がどうしてこんな仕組みにしてしまったのかは知らないし、むしろこの世界自体がそういう仕組みとして完成して世界が生まれたのかもしれないし、それは俺が知るところじゃない。
 とりあえず詳しいことは次の日にでも書き記しておくことにしよう。今日は疲れた。

 おそらく種を完成させた時の日記がこれなのだろう。その次のページに入ると、もう少し詳しい内容のメモが記されていた。

~桜のよんより~
 属性のことをもう少し詳しく調べてみた。そこで今俺が最も危惧するべきだと思うのは、マイナスのエネルギーを持つ属性だ。『闇』と呼ばれる属性なんだが、どうやらこれは人々の負の力に作用しやすい特性があるらしい。その人の生命力や精神力が強ければ大したことはないんだろうが、それらが共に弱い奴らは注意したほうがいいかもしれない。属性の力を持って俺たちはこの地に降り立ったが、それらの属性をまとめて自分のものにしちゃえと思えば、それもできなくはない危険な属性なんだ。闇は黒くおぞましいイメージを俺は考える。逆に光はその反対で温かく、希望を見せてくれる。そう考えると聖と闇は対の存在だ。そして、俺はそれに気づいてからある可能性を見出した。とりあえず今日はここまでにしておいて、明日ソフェルやアールキーたちを呼んで『星の種』の話でもしてみようか。

「(このあたりが、僕たちを呼び出すきっかけになったのかな……?)」
 そう思いながら次のページをめくる。

~桜の星より~
 今日はイターヌルも研究室に来てくれたし、みんなに『星の種』の話をすることができた。アールキーたちはすごいよな。みんなで協力してはいるがみんなをまとめ上げてこの実験を成功させようとしてくれるんだから。たぶん俺じゃ反発くらって無理だったろうな。
 だけどこれで分かった。たぶんアールキーは、全てを統括する能力を持ち合わせてるんだ。人間だから従わないとか言ってる奴らもいるはずなのに、アールキーの話はきちんと聞く奴ってのも中にはいたはずだしな。
 あと、それで俺は1つの大きなイベントとしてこの実験を明日行うことになるが……もし仮に失敗したら、きっと世界は波乱の幕開けを迎えると俺は思う。これが成功すれば、俺たちはもっとこの世界のいろんな可能性を見出すことができると俺は思うんだ。でもそれが成功しなかったら、俺たちはこの天国でずっと過ごすことになるだろうし、新たな可能性だって見出すことができなくなるかもしれない。そうなった時俺はきっと絶望を味わう。絶望がマイナスの感情を生んだ時何が起こるか分からない。だが俺は、自分の身に何か不自然な変化が起きているような気がするんだ。
 研究者として独り身だからかもしれないが、嫉妬なのか? 分からない。でも、もしもが起きた時用に、ここには記しておかないといけないんだろうな……

 そして、その次のページには今までよりも少ない文章で、こう書かれていた。

~桜の流れより~
 時は来た。もし失敗したら、アールキー、イターヌル。お前たちに託すよ。ソフェルのことを、みんなを守ってほしい。ディエティとしての力が備わってる2人なら、きっと俺が絶望し闇に呑まれても、世界だけは守ってくれると思って。
 さて、そろそろ時間みたいだし行くとしようか。実験が成功することを祈りつつ、今日の成果はこの後続きを書けたらいいな。

 日記はここで止まっていた。おそらく実験が成功し、人々がロムルスを賞賛する背景があれば、この後もおそらく日記は綴られ続けたのだろう。だが実験は今のところ失敗と言っていい結果になっており、実際にロムルスは自己暗示の通りにその身を滅ぼしてしまった。

「(闇……? あの黒い煙はサタンって名乗ってたけど、あれが闇の塊って解釈でいいのか……?)」
 人々の負の感情から生まれ、恐怖を植え付けたサタンという黒い煙。託すという言葉、そしてディエティという言葉。それはあのサタンからも発せられていた。
「アールキー様……?」
 ソフェルも少し前からアールキーの読む本に興味を持ち、必死に読む彼を見つめつつ静かに見守っていた。アールキーはそれに気づき、本から彼女へ視線をうつす。
「ごめん、つい……」
「何か分かったんですか?」
 アールキーはその問いに頷きながらソフェルにその読んでいた本を渡す。その本がロムルスの綴ったものであることが分かり、ソフェルも少しの間黙ってその文章を黙読していたが、最後のほうで読み終わると、ソフェルはまた辛そうな表情をしてアールキーにその本を返した。
「いろいろ分かってたのかな、ロムルスお兄ちゃん……」
「分からないけど……でもディエティって単語、なんだろう? なんで僕たちに託すって書いてあったんだろう……」
 そう考えていると、本の隙間から1枚、ぺらりと何か紙が舞い落ちる。ソフェルが「あ」と言いながらそれに気づきその紙をキャッチすると、その紙を見つめた。そこにも何か書かれていたのか、少し黙読した後、ソフェルは少し不思議そうな面持ちでアールキーにその紙を差し出す。
「アールキー様、これが今落ちたんですけど……」
「ん?」
 そしてその紙を受け取る。そこにはまた違うことが書かれていた。

~予測・推測~
 あくまでこれは仮定の話だが、咄嗟に閃いたことだから忘れないうちに紙に書いておこうと思う。
 属性の力が均衡を保てなくなった時、人々の中からそれを均衡に保つために必要な、所謂神様みたいな存在が生まれ落ちることがある。これを俺はディエティと呼ぶことにしたい。ディエティは世界に危機が訪れた時の世界の運命を握る鍵になる。そのディエティの特徴は、複数の属性の力を持っていることが第一条件にあるらしい。稀にそういう存在が生まれ落ちる可能性があるらしいが、その該当者と言えば今のところイターヌルとアールキーしかいない。ひょっとしたらあの2人はディエティとしての素質があって、世界を救う力があるのかもしれない。
 以上推測論文として、後日また気が向いた時にでもノートに書き記す作業をしておこう。

「……神様って」
 その紙は、おそらく近くに本がなくて今すぐにでも書いておきたい時に書いたものなのだろう。そしてそこに記されたものはかなり衝撃的な内容でもあった。
「アールキー様、神様だったんですか……?」
「いや、僕そんな自覚全くないんだけど……」
 そう言いながらアールキーはふと、イターヌルに命を狙われた時のセリフを思い出す。「我の器になれアールキー。貴様のその“ディエティ”の力で、世界を我が物にしてくれる」と。おそらくサタンは存在として確立した時、その対となる存在がアールキーであることが分かったのだろう。そしてアールキーの体を乗っ取ってしまえば、何も知らない彼をそのまま自分のものにすることができる―――そう考えたのだ。しかしそこで邪魔が入り、その器として乗っ取られたのはイターヌル―――彼もまた、「“ディエティ”としての素質があった」とサタンが発言していた。この論文めいた文章を書いたのはロムルスであり、彼からサタンは生まれてしまったが、おそらくこの内容は真実なのだろう。
 そしてアールキーを殺すために、まずソフェルを波動で吹き飛ばした。彼はあの時右手に黒く鋭利な刃物を握っていた。一般に剣と呼ぶものだが、この時代に剣なんてものは存在していないので、彼らがその名を知ることはないのだが―――。
 ふとアールキーはなんとなく空いていた右手を見つめ、そこから何か丸っこいものを出すような感じに念じてみる―――そしてそこから出てきたのは、丸く温かな光。微かに輝く、闇とは正反対の落ち着く光の玉だった。
「これは……」
 ソフェルが少し驚いている間にも、アールキーはそれに何か形を想像するようにその光をぎゅっと握り――――何かの感触があると感じた瞬間、思いっきりその右手を振り下ろした。そこでアールキーが右手に握っていたのは、全体的に黒く染まってはいるものの、どこか神聖な感じを受ける棒のようなものだった。
「(こんな力……あったんだ)」
 特にそこまで感慨耽ることもなく、そんなことを思いながらその棒を見つめる。ソフェルには何が起こったのか全く理解ができていないようだったが、とにかくアールキーには何かすごい力があるのだろうということだけは感じ取ることができたようだった。
「あ、アールキー様……?」
「うん、ソフェル。まだ希望はあるよ」
 そしてアールキーは、ソフェルに先ほどよりも少し明るい表情で声をかける。
「このディエティの力……イターヌルもロムルスも、救うことができるかもしれない。ちょっと外に出よう。僕にできること、あるんだ」
 自分に秘められた力があるということ。それが絶望から希望へ、悲しみから喜びへ変わろうとしている瞬間だった。ソフェルはその言葉の意味を理解するのが難しかったようだが、とにかく2人を助けることができるかもしれない――――その言葉だけが、彼女の笑顔を取り戻した。
「ほんとですか……!」
「ああ、だからいこう、ソフェル」
 そしてずっと持っていた紙を本にはさんで机の上に置き、その左手をソフェルに差し出す。彼女はゆっくりと、その手を取った。
「はい……私、できることがあったら手伝います。だから……」
「ああ、まだ希望は潰えちゃいないんだ。頑張ろう」
 そう言い、2人は外へと出た。

                         *

 不思議な棒を持ち、ソフェルの手を持ったままアールキーは建物の外へと出る。建物の中に入る前よりも今のほうが、どこか希望を抱えることができた2人の表情は、若干明るさを取り戻していた。そんな2人が手を離し、宇宙(そら)を眺めていた時――――。
「きゃぁぁぁぁぁあ!」
「「!?」」
 近くで人々の叫び声が聞こえる。そしてアールキーはその叫び声が聞こえる場所の先にある気配を感じ取ることができたようで、その騒動の原因をすぐに把握することができた。
「アールキー様……!」
 2人は顔を見合わせ頷き、その場から走り出した。

                         *

 外にたまたま出ていた人々は、再び現れた“それ”から逃げるようにあちこち逃げ回っていた。その逃げ回る人々の何人かは背後からの攻撃で倒れ、動かなくなる者も少なくなく―――そしてその中心では、1人の男が楽しそうに、狂気の笑みを浮かべながら人々を攻撃していた。
「イターヌル!!」
 そこへ彼に声をかける者がいる。彼―――イターヌルはその声を聞き、待っていたと言うようにその声のしたほうを振り向いた。
「待っていたよ、アールキー」
「どうしてこんなこと……」
 アールキーとソフェル。2人が見たのはイターヌルによって攻撃され倒れた人々の姿だ。イターヌルは何の問題があるのだろう? というような表情で2人を見ている。
「世界を闇に染め上げ、リクワイアを我がものにするための行動の1つに過ぎないんだ、分かってるだろ?」
「イターヌル、目を覚ますんだ。サタンの気に触れちゃいけない!」
「サタンは俺自身だ。それ以上もそれ以下もない。それに、今となってはアールキー……お前と決着をつけない限りは、そこの小娘だって命が危ないんだからな?」
 その言葉でソフェルに顔が向き、彼女が空気で圧倒されたところに波動が再び打ち込まれる――――が、さすがに今回はアールキーが目の前で庇い、その波動はアールキーに当たり、吹き飛ばされることになった。
「がはっ……!」
「アールキー様!」
 そしてイターヌルはふと、吹き飛ばされて立ち上がろうとしているアールキーが右手に何かを持っていることに気づく。なるほど、と思ったのだろう、攻撃の手を止め、彼に言い放った。
「アールキー・フライニング。ディエティとして覚醒したならば、研究所の裏にある広い地で1対1の決着をつけよう。まぁ、その様子だと、そのまま負けて器になることを覚悟しておいたほうがいいかもしれないけどな、ククク……」
 そう言いながら、イターヌルは人々の前で黒い空間を作り出し、その中に入って姿を消した。姿が消えると同時に空間も消え、その場の空気は再び静かで穏やかなものとなる。するとそれを敏感に感じ取った人々が避難していた家から外へ、そして倒れた人々を介抱しようと動き出した。
「………」
 アールキーはその様子を静かに見つめていた。ソフェルは片足を地につけて呼吸を整えているアールキーのそばに歩み寄る。
「アールキー様……」
「……ごめんなソフェル。でも、守れてよかった」
「……行くんですか? やっぱり」
 その言葉に、アールキーが苦笑する。
「まぁ、行かないとね」
「でも、負けたらどうするんですか?! だって、だって……」
 救う方法があるかもしれない。そう思っていたのに。現実は救うどころか、殺し合い同然のような状態だ。アールキーはともかく、サタンに乗っ取られたイターヌルは、彼を殺す気なのは間違いない。
「ソフェル」
 アールキーが真剣な眼差しでソフェルを見つめる。その表情が、彼女の不安な心を少しだけ落ち着かせ、話を聞く余裕を生む。
「僕、この力があったことに驚いたけどさ……でも、この力があれば、ソフェルだけじゃなくてみんなを守れるかもしれないんだ。僕の力……神魔法でね」
「神……魔法?」
 その言葉にアールキーが頷く。
「あ、まぁ唐突に頭の中で思いついちゃったから、あんまりうん、気にすんな! まぁただディエティの力……で未知の力って言ったら、なんかそのくらいしか思いつかなくてな」
 あはは、と笑いながら立ち上がる。少し落ち着いたのだろう。
「ほんとに……大丈夫なんですよね?」
 ソフェルは心配そうに彼を見つめる。だがいくら彼女が心配したところで、彼が今決めた決断を揺るがすことはない―――彼女のほうに振り向き、アールキーは頷いた。
「大丈夫。世界とか言われてもピンとこないけど、少なくともここに生きてる人たちを守るために、僕はイターヌルと戦って、どっちも救い出すよ。僕が今できることはそれだけだ」
 その表情は、決意に満ちた立派な少年と言うにふさわしいものとなっていた。自分の身近な人を助けるための力が自分にあるなら、それを使ってその人たちを助け出す――――誰しもが持ちそうな、口では簡単に言えるも行動として出すに難しいことを、彼は言った。しかし、この言葉は根拠のない妄想ではなく、ちゃんとそれを実行しえるための自信があるからこそ言えることなのだろうと、ソフェルは思うことができた。不思議とその言葉が不安を少しだけ和らげ、彼の決意を信じる力になる。
「……分かりました。アールキー様……私、待ってますから。だから……負けないで」
「もちろん。勝って、みんなを救う。約束するさ」
 そう言い、アールキーは来た道を戻るように、研究所のほうへと足を運ぶ。途中アールキーはソフェルに振り向き、親指を突き立て、大丈夫!と再度安心させるようにジェスチャーすると、彼は再び振り返ることもなく、イターヌルの待つ決戦の場へと歩いていくのだった。

続く

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