アールキー・フライニングの伝~前編~

リクワイアの神々~外伝~

アールキー・フライニングの伝~前編~

 ―――世界リクワイア。この世界の誕生は、どこかにあるどこかの世界と同じビッグバンによって生まれた。とある銀河系の1つにその産声をあげたこの世界は、誕生して世界に生命が生まれるまでは少しの年月を要することになった。この間の生命が何も存在していない時代を、私たちはノバディールワールドと呼んでいる。
 やがてこの世界に1つの生命が誕生する。その名を私―――否、私たちは世界に生まれた意思という意味を込め、“イシディア”という名を後に名付けることとなる。世界の意思であるイシディアはこのノバディールワールドの期間を記憶として所持しており、イシディアはやがて世界リクワイアを活気づけるため、自分以外の生命を生んだ。
 その1人が、アールキー・フライニングという少年だ。そしてこれを綴る私―――ライド・コルコーンもまた、イシディアによって生を受けた者と言って過言ではないだろう。
 後にそして、私たちと、世界の意思イシディアは気づくことになった。私たちを生んだことによって発覚した、この世界の仕組み―――そしてその情報は真っ先に私に伝えられた。おそらく私が、イシディアと意思疎通ができる唯一の人間だからなのだろう。他の者は、そのイシディアの存在を知ってはいても、その姿を見たことはないという―――私を除いて。
 かく言う私も目の前で見たというよりは、眠っている間に夢のような形で出会ったというのが正しい。彼女、と言うべきなのだろう―――私が、リクワイアにこれから刻まれる歴史の第一歩を綴り、記録として残していく重要な役割を担うことになるという話を聞かされることになった。正直最初はピンとこなかった……いや、くるわけがなかった。だが、これから綴る話で私はそういう役を担うことになることを理解した。
 これから綴るのは、このリクワイアの世界が誕生し、生命が宿り、そしてその対価によって生まれた、長きに渡って語られることとなる、“光と闇の戦い”の幕開けとなる物語である。

                     *

 リクワイアに生命が誕生してまだ10数年――――生命が誕生といっても、まだこの世界は生まれたばかりで小惑星帯が光り輝くだけの世界だった。宇宙といえば私たちが個体を維持するにはとても難しい場所という認識があるだろう――――が、このリクワイアには世界の意思イシディアが、この世界の仕組みを理解したことによって生んだ空間―――通称天国と呼ばれる場所を作り、イシディアのもとを離れた生命はそこに住み生きることとが可能となっていた。私たちが物心ついた時、宇宙を見渡せる雲の上に気が付けば立っていたという記憶は、この時代の生命共通の記憶と言っても過言ではない。それもそうだ、物心つくまで私たちは、イシディアの中で生きるために必要なものを与えてもらい続けていたのだから――――だが、その物心つく前の記憶を持つ者は、そうそう多くはないとも言える。とある別の世界の生命が、誕生して物心つくまでの記憶を時間と共に忘れていく原理と、そこは何ら変わり映えはしない。
 やがてこの世界には種族が生まれた。力も牙もない代わりに、知性を持ち奇跡を呼び起こすことのできる『人間』。魔力と知性を兼ね備えた、様々な姿をした『妖精』。独自の言葉と牙を持つ『動物』。地に留まることなく、己の力で生きる術を持つ『植物』。人間から造られ、自らの意志で行動できる能力を持つ『機械』。そして、世界の歴史と世界の意思に最も近しく、世界における重要な役目を担うと言われる『天使』。大きく分けると種族は6種となり、この世界は基本的にこの6種から成り立つと言われることとなった―――だがこの6種がこの当時からいたかと言うとそうでもなく、天使においては存在が噂される程度だったのが最初のリクワイアの歴史の1ページ目だろう。
 そんな天国―――宇宙の中にポツンと小さく存在する雲の上の空間は、その生命の数を少しずつ増やしながらも、まだ賑やかさを見ることはできない。人間たちは他の種族である妖精、動物、植物、機械の代表となり、自分たちが生きる上で必要になるものは何かを学び、そして彼らはその知識を礎に、常に新しい何かを探し、研究しながら毎日を過ごしていた。
「アールキーさまー!」
 雲の上、私たちで言うところの外―――そこにいる1人の少年の名を、1人の少女が呼ぶ。アールキーと呼ばれた、茶髪ショートヘアの少年は見た目がどこか弱弱しそうな姿をしているものの、全体的に軽装で動きやすさは感じることができる。そんな少年が少女の声のほうに顔を向けると、その少女は何かを言いたそうな目をしながらこちらへ近づいてきていた。
「ソフェル? どうしたの?」
 外で見ることのできる、光り輝く宇宙空間はいつ見ても綺麗なものだ―――だがそれも数年経てば、昼も夜も分からないこの空間では既に時計があり、生命は皆その時計を目安に1日を過ごしている。だがアールキーにとってはこの光り輝く宇宙空間は、なぜかいつ見ても飽きることがなかった。だからこそ、特に何をするわけでもなく、棒立ちも同然のような状態で、目の前に広がる綺麗な空間を見ていたのだろうが。
「また宇宙を見てたんですか?」
 ソフェルと呼ばれた少女は、金髪三つ編みおさげツインテールの少女だ。アールキーと同じく動きやすさを重視した―――しかし若干女の子らしさをポイントにつけた、少し古めかしいミニスカートをつけている。彼女自身いつからかアールキーを様付けで呼ぶようになり、彼を慕い、いつも彼を気にかけていた。その真意が何なのかは、本人はまだ無自覚のようだが。
「まぁね。なんか……見飽きないってのもあるんだろうけど」
 そう言いつつ、アールキーはまた広いその宇宙に視線を戻す。いつ見てもその輝きを失うことのないこの世界は、誕生したばかりとはいえ美しいと言えるものであるのは間違いないだろう。
「ほんと、よく飽きませんよね……私はもう飽きてますよ」
 若干呆れた感じで、ソフェルは呟きつつアールキーの隣に立ち、同じようにその宇宙を眺めた。キラッと光り続ける小惑星帯は、まさに星屑のようだ。
「あ、そうだ。アールキー様」
「ん?」
 なんだかんだ見惚れていたソフェルだが、何かを思い出したように視線を再度アールキーへ向ける。その声で2人の視線が合った。
「あの、ロムルスお兄ちゃんが呼んでたの。アールキーを呼んできてほしいって」
「ロムルスが?」
 ロムルス・ミラキル。アールキーとソフェルの共通の友人であり、今の天国における研究者のようなことをやっている少年の名だ。天国に生まれ落ちてからロムルスは日々研究に励み、この世界の仕組みと新たな発見をしようといつも建物の中に引きこもっているような男なのだが、なんだかんだ彼のおかげで分かったこともあるため、その名は誰もが知っている。その熱意は、たまに食事を忘れて研究に没頭することもあるほどだ。もちろんそういう時は、アールキーやソフェルが食事を持っていくこともあるのだが。それほどまでに研究に没頭するロムルスが珍しく呼び出しをするとは、一体何があったというのだろうか。
「ちょっと行ってみるか……」
 その呼び出しの謎と若干の好奇心は、アールキーの足を動かすことになった。ソフェルもまた彼の後を追うようにその場から歩き出し、ロムルスのいる建物の中へと向かった。

                      *

 彼がいる建物は、他の生命が寝て起きて暮らす家と比べると2倍近くの大きさがあった。おそらく研究所と言うにふさわしい建物なのだろう。2階部分はなく平坦で、1階がかなり広いスペースを陣取っているという感じだ。
 アールキーとソフェルはその建物の中へ入るために扉を開ける。扉の先にあったのは、多数の何に使うのか分からない多くの精密機器ばかりが散らかる部屋だ。一応その部屋の中心にはそれなりの大きさの机と、奥には寝るためのベッドもある。そしてそのベッドの近くにある勉強机のような場所に、アールキーよりもぼさぼさしたショートヘアの少年が、椅子に座って何かを綴っているのかひたすらそこでカリカリと筆を執っている。
「あ、アールキー」
 そしてその隣にはもう1人少年が立っており、アールキーとソフェルの姿を確認すると声をかけてくれた。彼は肩あたりまである黒髪の少年で、外見からも優しい雰囲気が手に取るように分かる。そんな彼の声に気づくように、ぼさぼさのショートヘアの少年もまた、椅子に座ったまま2人の姿が見えるように体を動かして視線を送る。
「ソフェル、ありがとう」
 ロムルスの言葉に、ソフェルは無言で照れながら首を横に振る。そして彼の視線はアールキーへとうつる。
「呼び出してごめんな、アールキー」
「それはいいけど、どうかしたのか? イターヌルも一緒だなんて」
 優しい雰囲気をまとった少年―――イターヌル・ブライペルー。彼もまた、アールキー、ソフェル、ロムルスの3人の共通の友人だ。彼もたびたびロムルスの様子が気になって心配してこの部屋へ訪れることがあるようで、今回もおそらく同じような理由でいるのだろうと思うことができる。
「そんな大したことじゃない……わけじゃないんだがさ、ちょっと現状を先に友人である君たちに教えておきたくてね」
「現状?」
 アールキーの言葉に、ロムルスは頷きながら立ち上がる。その際、何かを書いていたらしい本をぱたりと閉めた。
「この世界リクワイアの歴史の始まりと、あと種族の誕生についての話さ」
「そういえば、この世界はリクワイアって名づけられたんだっけ。で、種族も6種に分けられた……とか、そこまでは聞いたっけ」
 ある程度の話についてアールキーたちはロムルスから聞いており、その内容も覚えてはいた。その内容を覚えてもらっていたのが安心したのか、ロムルスはこくりと頷いて少し安堵するような表情が見える。
「覚えててくれて嬉しいよ。ただ、その種族の誕生で少し種族間で問題が起こってるのは知ってるか?」
「問題?」
 今度はイターヌルが聞く。ロムルスは全員を見渡すように視線をうつしつつ、少し険しい表情で話を続ける。
「俺たち人間が統率することで、一応ここまで生活するために必要な知識や技術は得ることができた……が、逆にそれで嫉妬や羨望から若干溝ができ始めてるんだ。これから私はある実験をしたいんだが、それをやるには種族揃ってみんなの力が必要なんだよ。だが溝ができるようじゃ、いつまで経ってもこの実験はできそうにない」
「……それで、僕たちを呼んだ理由は?」
 普段頼み事を受けているわけではないが、なんとなく頼まれ事をされるんだろうなという予感が、アールキーの中にはあった―――だからか、自然と次にはそんなことを口に出していた。
「この種族間の溝をなくして、実験を成功させたい。協力してくれないかい? アールキー、イターヌル、ソフェル……頼む」
 ロムルスはそう言うと頭を思い切り下げて頼み込む。よほどこの実験は成功させたいと思っているのだろう。
「……やろう、アールキー」
「イターヌル?」
「溝をなくす方法はこれから考えるしかないと思う……だが、それでも方法はあると思うし、それができてこの実験が成功した時の結果……僕は気になるんだ」
 自分なりに考えたのだろう、イターヌルは片手をあごにつけ、若干顔を下に向けていたが、それでもロムルスに協力してあげたいと思っているようだった。
「……そうだな、やるか」
「アールキー様がするなら、私もやります!」
「……みんな、ありがとう。感謝するよ」
 ロムルスの表情が少し笑顔になる。自然とその空気が和やかとなり、4人は微笑み合った。そしてロムルスはそのままその実験の準備と最終チェックを始め、アールキーたち3人はロムルスのいる部屋を一度後にするのだった。

                       *

「それで、何か方法はあるんですか?」
 外に出ても相変わらず見える景色は同じ綺麗な宇宙だ。その光り輝く小惑星帯をあちこち、顔を動かさなくてもいい範囲で目線だけ空を仰ぐアールキー。
「うぅ~ん……といっても現状を僕たちが把握できないことにはどうにもならないよな……」
 アールキーから出てきた言葉はそれだった。現状をなんとかすると言っても、肝心のその“現状”が果たしてどうなっているのか。まずはそれを把握する必要があった。
「なら、その現状をどうしているか手分けして聞いてみたらどうかな。それぞれで不満に思ってることや思うことが何かないか。たぶん3人でなら、できそうだと思うけど」
 そこでイターヌルが提案をかける。まず現状を把握するには聞き込み。おそらく一番メジャーで無難な方法だろう。アールキーはその言葉を脳内で復唱、咀嚼すると納得したようで、1回こくりと頷いてイターヌルとソフェルに顔を向ける。
「そうだな、それが一番いいだろうな。じゃあ手分けしてってなるけど……ソフェルは人間メンバー頼んでいいか? 僕は植物とか機械あたりに聞いてみる」
「は、はい、分かりましたアールキー様!」
「じゃあ僕は妖精や動物だね」
 こうしてアールキー、イターヌル、ソフェルはそれぞれ頷き合うと歩き出し、途中の道からそれぞれ現状を聞き出す聞き込み調査を開始することとなった。

                       *

「これで、大丈夫なはずなんだ。これで……」
 ロムルスは1人、何かを考えていた。彼の立つ部屋の机の上には、小さく水色に光る種のようなものが何十個とトレーの上に丁寧に置かれている。それを少し眺めた後、ロムルスはそれを机の上から落とさないようにトレーを移動させ、再び先ほど綴っていた本の続きを書き記し始める。
「(これが成功すれば、俺たちはもっと大きな可能性を掴むことができるはず。そうすれば、この世界だって……)」
 彼はただ、そう何度も頭の中で復唱しながら、本に何かを書き綴っていくだけだった――――。

                       *

 3人で手分けして行った聞き込み調査は、そこまで時間がかかるものでもなかった。今の天国に住む人々はさほど多いわけでもなく、3人がそれぞれの種族から不満や意見を聞き、それを総合的に見て意見のやり取りを行うまでは全てが順調にいっていた。
「……なるほどね、やっぱり多くは人間に嫉妬する気持ちがあったってわけか」
 種族のほとんどは、人間以外の種族はやはり人間が統率しているその能力に嫉妬するところも少なからずあったようだ。逆にその賢さを利用して我が物顔の人間がいることもまず否定はできない。ソフェルはそういう人間から話を聞くのが少し大変だったようだ。
「でも、やっぱりそれぞれの種族同士で思うことや不満は少なからずあるってことは分かりましたね」
 ちょっとしたことでもイラっとしたり、それがだんだんと不満となり、しまいには嫌悪感へと変わる―――それは更に溝を深める原因となってしまうことは明らかだ。3人はその場で考え込んだ。
「問題はそれをどうやって解決するか、だな……」
「難しいですよね。それぞれの種族がそれぞれの不満を持ってるってことですし、それってやっぱり個人単位だとこの人数でも解決難しいですよ……?」
 そう考えている時。イターヌルがふっと何かを思いついたように顔を上げる。
「そういえば……」
「ん、どうしたんだ?」
「いや、実験を成功させるには今いる人々の力が必要だって言ってただろ? なら、逆にその実験の旨を伝えて、協力してもらうよう僕たちが促せばどうかな? まだ聞いた感じそこまで溝は深くなさそうだと思うから、協力してもらえる人は協力してもらえそうだと思うんだけど……」
「大丈夫かそれ……まぁ内容次第じゃ協力してもらえるだろうけどさ」
 そう言い、3人は再び黙り込む。
「……まぁ、でも一理あるよな。やってみないとわからねーってのあるだろうし。ロムルスに話、聞いてみるか」
「そ、そうですね……」
 不安な面持ちで3人は再びロムルスのいる建物の中へと入ることにした。部屋は相変わらず機械だらけだが、少し時間が経った後だからか、どこか少し空気が違う気がしていた―――だがそれもいつものことかなと、3人はさほど気にするまでもなかった。
「ロムルス~? いるか?」
 そう声をかけるアールキー。部屋へ入る入口からはロムルスの姿が見えなかったため、念のため声をかけてみたのだ。少しすると部屋の影になっているらしいところから、少し疲れた感じでロムルスが姿を現してくれた。
「ん……どうだった?」
「バッチリ! ……っつーわけじゃないけど、聞き込み調査とかして現状は把握した。それで今度はこっちからの提案を言おうかと思ってさ」
「なるほどな……聞いてみようか」
 アールキーはロムルスに、先ほどイターヌルやソフェルと話したことを提案し、簡潔に分かりやすいよう説明した。ロムルスはロムルスでふんふんと内容を咀嚼して理解をしながら頷いていく。
「――――っと、こういうわけだ」
「なるほど、一理あるね……分かった、じゃあ実験内容を伝えるよ。協力してもらえそうな人たち……できれば40人ぐらいは集めてほしいかな」
「え、そんなに!?」
「まぁ理由は今から話すよ。とりあえずこれを見てほしい」
 ソフェルが驚いている間に、ロムルスは机の上に置いていたトレーを、部屋の中心にある机の上に置く。そこに置かれたトレーを3人が覗き込む。相変わらずそこには何十粒と小さな水色に光る種のようなものが丁寧に置かれていた。
「これは?」
「簡単に言えば『星の種』だ。このリクワイアの世界で生きていく上で、おそらくどんどん生命は生まれ続けていく。だけど、やがてこの空間も生命でいっぱいになってしまえば、住む場所を巡って争いとか起こりかねない。この『星の種』は、このリクワイアにある“ある成分”を十分に染み込ませて、人々が住むための土地みたいなのを作る苗床みたいなもんだ」
「へぇ~……すげぇなそれ」
 素直に感心したようで、アールキーはそう呟く。ロムルスはその反応を見つつ、話を続けた。
「で、だ。これは一斉に種をばらまいてその種が芽吹くのを待つ。だけどこれは俺1人でやってもだめなんだ」
「どうしてなんです?」
「俺1人がばらまくと、種が宇宙に放り出された時に種と種の留まった場所が近すぎるとまずいんだ。住む場所を作るって言ったろ? つまりこういう天国みたいな空間を俺たちなりに作り出すわけなんだが、そうするには1つの種につきかなり広大なスペースがいる」
「なるほど、それで種が全部ちゃんと芽吹くように、この種がある分だけの人数を用意して、その人たちに種をそれぞれ任意の場所にばらまいてもらおうってわけなんだね」
 イターヌルの言葉でロムルスは大きく頷いた。
「そういうことだ、ほんと理解が早くて助かるよ君たちは。やっぱ助手になってくれないかな~?」
「さすがにそこまで僕たち優秀じゃないと思うけど……(苦笑)」
「ははっ、冗談さ」
 そう言いながらロムルスは軽く笑い―――そして穏やかな表情になる。
「そういうわけで、また悪いが頼めるかい?」
「おっけー、了解した。任せろって!」
 そうしてこの星の種をばらまき、自分たちの住む場所を増やそうという企画は、3人の宣伝によって瞬く間に広がった。それまで若干の溝ができていたはずの種族たちだが、その大きなイベントの波に乗らないわけにはいかないだろうと、この話題はその種族の壁を越えて協力者は集まってくれた。40人は必要、とロムルスは言うが、この当時の人口は全体で50人にも満たないほどで、そのうちの9割以上が協力してくれることが前提だった。だがその心配も杞憂と言うように集まってもらえることとなり、結果この企画は次の日の昼前に決行となった。
「楽しみだな」
「そうだね」
 アールキーとイターヌルはそう言い合いながら微笑み合う。ソフェルもその様子を見て微笑みつつ、それぞれ自分たちの寝床へと入っていく。人々もアールキーたち同様、その日を待ちわびるかのようにこの1日を終えるのだった。

                      *

 次の日の朝―――といっても景色は相変わらず変わらないわけだが―――アールキーたちはわくわくが止まらないせいか、いつもよりも睡眠時間が短い状態で目が覚めた。アールキーはそのまま寝床から外へと出ると、またいつもと変わらず見える宇宙の空を眺め始める。
「ん~……! やっぱこの景色、いいな……」
 星の種とやらが芽吹いた時にどうなるのか分からない―――だからこそ、こんなに何もない―――否、広大な光り輝く小惑星帯が一面に見える景色がいつ見れなくなるか。それがあったからか、アールキーはいつも見慣れているはずのこの景色を、目に焼き付けるかのように眺めていた。
「あ、アールキー様も起きちゃったんですね」
 そんなアールキーの後ろから声をかける少女がいた。彼女もまた、今日のイベントにわくわくしすぎてろくに眠れなかったのだろう。
「おはようソフェル。やっぱりこういうイベントは楽しみだからな。何もない日常もいいけど、こういう楽しみがあるイベントはいつでも歓迎したいくらいだわ」
「そう……ですね」
 ソフェルはそう言うと少し俯き加減になる。背伸びをするアールキーはその背伸びを終えてから彼女が俯いていることに気づき、少ししてからその理由を悟る。
「あ……ごめん、思い出させちゃったか?」
「あ、いえ! 大丈夫です。だって、私にはアールキー様がいますから」
 ソフェルが思い出したこと―――彼女にはかつて、兄妹がいたのだ。ソフェルの兄は病弱というわけでもなくむしろ元気で妹思いのいいお兄さんだったのだが、ある日突如として彼は消息を絶ってしまい、以来彼とはアールキーでさえも会うこともままならなかった。この失踪事件は後に彼が“死んでしまった”のではないかという説が浮上し、ソフェルの兄はリクワイアで初めて“生命の死”を人々に知らしめることになったのだった。
「お兄ちゃんは……きっとどこかで生きてると信じてます。だから私、このイベントはお兄ちゃんの分も楽しんでおこうって!」
「うん……えらいな、ソフェルは」
 そう言いながらアールキーはソフェルの頭をなでなでする。少しソフェルの体がふにゃっと動き、顔が火照る。
「えへへ……♪」
 そんな時にイターヌルはいつアールキーたちに声をかけようか悩んでいたらしく、家の影からちらっと顔を出してはやめたりを繰り返していた。それにアールキーが気が付くのも、そこまで時間はかからなかった。
「ん、イターヌルもおはよう。やっぱイベント楽しみで早起きしちゃった感じか」
 その言葉でソフェルとイターヌル、両方がびくっとする。さすがにお互い気まずかったのかもしれない。
「あはは……ばれちゃったか。まぁ楽しみだよ。実験が成功すれば、それもそれでまた大きな歴史を刻めるってことだろうから余計に」
「分かるぜそれ」
 イターヌルがアールキーとソフェルのそばへ歩み寄る。撫でられていたソフェルは撫でられるのをやめると、イターヌルから若干逃げるようにアールキーの隣へサッと移動する。
「……見てたでしょ」
「いや、うん……その」
「見てたでしょ」
「見てました……ごめん」
 正直に苦笑しつつ告白するイターヌル。ソフェルはその言葉で顔を真っ赤にすることになったのは言うまでもない。
「と、とりあえずさ、実験開始まで準備時間がいるだろうし、手伝いにいこうぜ。集まる場所とか指示とかもいろいろ聞いておいたほうがいいだろうしさ」
 アールキーの言葉で2人はそのままロムルスがいる建物へと向かう。その建物へ向かうと既にアールキーたちが来るのを分かっていたのか、ロムルスは昨日の疲れている顔はどこへやらというように自信を持った表情で彼らを待っていた。
「おはようみんな。待ってたよ」
「まるでお見通しだな、まぁいいけどさ(苦笑)」
 軽くその場で笑いが起こる。この空気が一番心地いいのは、4人が共通して思うことだ――――少しして表情はまた戻り、真剣に今回の実験の開始と進行を説明に入った。
「種のほうは俺が場所までもっていくよ。そっちはこの紙に書いた場所に協力者を集めて待機しててくれるかい?」
 ロムルスはそう言うと紙をアールキーに渡す。その紙にはある程度広い集合場所が指定されているのが分かり、3人はその場所の把握ができると頷く。
「おっけー、じゃ、早速集めてていいかな?」
「ああ、頼むよ」
 こうして協力者たちはどんどん集まっていく。協力を申し出はしなかったものの、このイベントに興味を持っている人々もいるようで、そういう人たちもその集合場所へと集っていった。結果、1つの広い空間が一時的だろうが多くの人が集う会場へと一変した。人々が雑談しつつ待っている間、アールキーたちもまたロムルスが現れるのを待った――――やがてロムルスが1つの小さな箱を持って人々の視線に入ってくる。彼の登場と共に少しざわめきが変わり、彼もまたゆっくり静かに会場の前に歩いていく。そして注目を集められそうな人々の前に立つと、ロムルスは早速話を始めた。
「このような機会が持てたこと、本当に嬉しく思います。拙い技術ながら、私ができる最大限の実験を行いたいと思います。それを行うには、皆さんのご協力が必要でした。人間、妖精、動物、植物、機械。全ての種族が協力し合ってこそ可能となる実験なんです。協力を申し出てくれた方には、改めて感謝を申し上げます」
 そう言い、ロムルスはまず一礼する。そこまであった人々の雑談はその言葉で止み、ロムルスの言葉はなおも続く。
「協力を申し出てくれた方には、この『星の種』を任意で皆さんのお好きな場所に投げていただくだけで結構です。宇宙は広いのでどこかに留まり、そこで芽吹き、私たちが住む場所が生まれるという手順は間違いなく起こるでしょう。これが成功すれば、新しい可能性を見出すことができるんです! 協力していただける方は、この箱の中にある種を……1人ずつとって、任意の場所に立って待っていてください」
 ロムルスは箱を開け、そしてアールキーたちにしか見せていなかった『星の種』を人々に見せた。その薄く水色に光る種のようなそれを見た人々ははじめは驚くあまりがやがやとざわめいたが、やがて1人の人間がその種を手に取り任意の場所に歩き出すと、協力を申し出ていた人々が次々と種を取り、邪魔にならない位置で待機し始める。この瞬間が、おそらく初めて種族を越えた初めての協力なのは間違いないだろう――――そして最後の1つを取り、最後の人間が位置につくと、ロムルスは宇宙に向けて言い放つ。
「では皆さん……一斉に投げてください!」
 その言葉で、種は一斉に投げられた。その投げ方は人それぞれで、どこかのスポーツのように投げるような人もいれば、ごく普通に石を投げるような感覚の人、あるいはゆっくり丁寧に投げる人など、様々だ。そしてその種は次第に見えなくなり、やがてその種は人々の視力で確認できる範囲には見えなくなってしまった。
「ど、どうなんだ?」
 アールキーが不安のあまり呟く。だが、その星の種が芽吹く気配はない。まだ始まって間もないため、最初は人々が皆、息をのんで見守っていたが、やがていつまで経っても変化が起こらないことに1人の人間が怒り出すこととなった。
「おい、何にもおこらねーじゃねぇか! どうなってるんだよ!」
「えっと……」
「星の種と言いながら、実はただの実験の失敗したものの廃棄を手伝ってもらっただけとかじゃなくて?」
「あのですね……」
「ガセだガセ! 裏切り者!」
 すぐに何か変化が起こると思っていたのだろう―――ロムルスも必死に弁解しようとしていたわけだが、こればかりは結果が出なかったことでアールキーたちも何も言い返すことができなかった。
「待ってください! 『星の種』はすぐ芽吹くかどうかという可能性は低かったんです! だから……」
「だから待てって言ってるのか!? 『星の種』をばらまいたら芽吹いて新しい住む土地ができるって言ったの誰だよ嘘つきが!」
「ま、待って皆さん! ロムルスの言うことも聞いてあげt……」
 だが、そのバッシングを受けたロムルスにはある変化が起こっていた。次第に口数が減り、彼からは何かとてつもないオーラがまとわり始めていたのだ。その気配に真っ先に気が付いたのは、先ほど弁解に加わろうとしたイターヌルだ。
「イターヌル……? どうしたんだ?」
「いや……ロムルスの様子がおかしい気がするんだ……」
「え……?」
 バッシングをなおも続ける人々の前で、ロムルスの体からは黒いオーラが目で見ても分かるレベルにまで達していた。さすがにそこまで来るとアールキーやソフェルも気が付いたようで、何かが起きようとしていることはその時点で察することができた。そして一言―――。
『ダマレオロカモノドモ!!』
 その一言と共に、ロムルスの体は黒い何かに包まれ―――さすがにそれで人々のバッシングこそ止まったが、それと同時に人々の中から恐怖という感情が芽生えた。そしてそのロムルスを包む黒い空間はやがてロムルスの体から抜けるように出てくると、彼は力なく倒れ―――そこに1つ、黒い煙のようなそれが静かに浮遊していた。
「なんだ……あれ……?」
 アールキーはそれが今までに見たことのないとてつもなく危険なものであることを、本能的に察していた。そしてその黒い煙は―――どこからともなく、声を発する。
『貴様ら愚かな者共……消し去ってくれよう、この世界は我が支配してくれる!』
「ど、どういうこと……?」
 イターヌルも呟く。彼もさすがにこの状況を整理しようと必死なのだが、人々も恐怖のあまりその場から動けずにいた。
『そうだな……サタンとでも名乗っておこうか。貴様らをこれから地獄へと突き落す悪魔のようなものなのだからな!』
 そう言いながらその黒い煙は人々を襲おうと動き始める。人々は泣き叫び、喚きながらその動き始めを合図にそれぞれ散っていく。その場から依然として動かないアールキー、イターヌル、ソフェルの3人は、そのサタンと呼ばれた物体の動きと気配に圧倒されていた―――やがてそのサタンの注意はその3人へと向けられる。
『そうだ……貴様が一番邪魔なのだ、アールキー・フライニング』
「ぼ、僕!?」
 急に名前を言われ、驚くアールキー。だが、その驚く間もなくサタンが何かをしようとする気配を察知する。
『我の器になれアールキー。貴様のその“ディエティ”の力で、世界を我が物にしてくれる!』
 そう言った途端、そのサタンはアールキーへと勢いよく向かってきていた。
「ちょっ、待ってくれどういうことd……」
 そう言った瞬間だった。アールキーの体の中目がけて、サタンは入り込んだつもりだった――――が。
「うぐっ……!!」
「っ!?」
 そのアールキーの前に立ちはだかり、かばった者がいた。その黒髪の少年は体の中にサタンが入り込んだ影響か、その場に崩れ落ちる。
「イターヌル!!」
「イターヌルさんっ……! しっかりして!」
 しかし、イターヌルの体を気遣おうとした瞬間。アールキーはイターヌルから手を弾かれてしまった。
「……え?」
 最初それが何を示すのかは分からなかった。ただ、それは普段優しい雰囲気を持った少年である彼がするようなことではないということだけ―――それだけは理解ができた。しゃがんだまま固まっている状態のアールキーとソフェルをよそに、イターヌルは静かに立ち上がる。
「……そうか、こちらも“ディエティ”としての素質があったわけか……クククク……」
「でぃえ……てぃ……? おいイターヌル、どうしたんだ? 一体どうしちゃったのさ!」
 まるでそれは、人が入れ替わったかのようだった。人格がまるごと飲み込まれたかのような―――否、まさにその表現で正しいのかもしれない。今のイターヌルは“イターヌルであり、イターヌルではない”のだ。
「世界を我が物にする第一歩は踏めた。次への一歩は……アールキー、貴様を殺すことだ。覚悟はいいか?」
 そう言った時、イターヌルの手にはどこから出したのか分からない黒く光るロングソードが握られており、それがアールキーを狙っているのは間違いなかった。
「イターヌルさん、一体どうしたんですか! アールキー様を殺すってどういうこと……?」
「うるさいぞ小娘」
 そう言い、イターヌルは隣にいたソフェルを剣の一振りで起こした波動で吹き飛ばした。
「きゃぁっ!」
「ソフェル!」
 そのままソフェルは飛ばされたショックで気絶してしまう。助けにいこうとするが、その前にアールキーは首元に剣をつきつけられることになる。
「その前に貴様は自分の命の身の危険を知ることを忘れていたのではないかな?」
「っ……!」
 危機一髪というこの状況……それから逃れる手は、まさに戦いというこの場面を経験したことのないアールキーにとってないに等しかった。希望が絶望に変わり、何もかもが終わりに見えてしまうこんな状況―――そしてイターヌルはそのままその剣を振り下ろす―――――。
「……!?」
 だが、その振り下ろしたと同時、アールキーの体は光り輝き、その場が光一面で覆われる。それにより、空間は一時的に、光の空間へと変貌したのだった。

続く

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